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May 20, 2006

【やなかSNAP】東京国立博物館ギャラリートーク-博物館建設の経緯を資料から紐解く

Yanaka060520_72  20日-東京国立博物館で特集陳列「日本の博物学シリーズ 上野公園の130年」が6月25日まで催されています。13日にはギャラリートークとして、保存修復室長の高橋裕次さんによる陳列品の解説が行われ、約50人が集まりました。

 1876年(明治9年)の上野公園開園式典から130周年を迎えたことを記念して、上野公園の沿革についての資料が展示されています。

 1868年(慶応4年)の上野戦争ののち、しばらく閉鎖されていた上野の山は、大蔵省から東京府に1869年(明治2年)、移管されました。この年は禁が解かれて、庶民の花見も再開されたのだそうです。Yanaka060520_2_72

 その翌年、本坊のところ(現・博物館敷地)を陸軍が使い、竹の台(元・中堂、現・噴水のある広場)に大学東校(東京大学医学部の前身)が病院建設を予定していたところ、同校教授のオランダ人・ボードイン博士が公園にすることを提言しました。

 同時に、東京府から公園にして、半分は飲食店にして、収益を公園の運営費にしたいという内容の太政官布達が発布されたのだそうです。

 その当時、上野の山全体を大学にしたかった文部省の考えに対して、イギリス留学の経験から、大英博物館のようなものを作りたいと考える町田久成(まちだひさなり、初代博物館館長・1838-1897)との用地利用の攻防があったのですが、1876年(明治9年)、上野公園は内務省博物局の所属となり、さらに、大久保利通(町田と同じ薩摩出身)らによる「富国強兵・殖産興業」のスローガンのもと、博覧会の開催と博物館の建設が進められました。

 解説の中で、面白かったことの一つは、天皇皇后陛下の行幸を仰いで行われた開園式が本当は5月8日だったのが、雨のために5月9日に延期されたこと。今では考えられませんよね。

 また、町田久成は、博物館の場所は公園の奥まったところにあるのが望ましいと考えて、本坊があったところと現在東京藝術大学のあるところとを交換してほしいと申し出て、文部省と土地を交換し、博物館の場所が現在のところとなったのだそうです。

 ※東京国立博物館のギャラリートーク=次回は5月23日(火)午後2時~。テーマは「清朝碑学派の書」。講師は列品室長の富田淳さん。東洋館第8室。入館料のみで、当日現地集合。

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