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December 30, 2005

【やなか掲示板】谷中七福神詣で―1月1日~15日

yanaka1230_3_72  30日―谷中七福神詣では、江戸時代から庶民が正月を慶び、福を招こうと行われていました。江戸でもっとも古いといわれています。JR上野駅から田端駅までの間にある7寺を巡ります。福神は、不忍池弁天堂の弁才天、上野護国院の大黒天、谷中天王寺の毘沙門天、谷中長安寺の寿老人、日暮里修正院の布袋和尚、日暮里青雲寺の恵比寿、田端東覚寺の福禄寿です。ご開帳は1月1日から15日までのみという寺がほとんどですので、この機会に、招福を願いながら、歴史を訪ねてみてはいかがでしょうか。

 写真は、今年いただいた朱印と、その台紙です。台紙は、起点となる東覚寺か弁天堂でいただくことができます。一枚1000円です。朱印は、各所200円です。

■七福神詣では、

■七福神について

 

December 29, 2005

【やなか百景】夜回り―谷中7丁目

yanaka1230_2  29日―提灯を手にもつ人、拍子木を打ち鳴らす人。JR日暮里駅北口を出たところの御殿坂で、防犯、防災を呼びかけて夜回りをする天王寺町会の人たちに出会いました=写真

 冬場になると、我が家のある路地を通り抜けていく拍子木の音が聞こえるようになります。

 これは、谷中にコミュニティが、今なお残っているということだと思います。

December 28, 2005

【やなか住ネコ】看板ネコ―夕やけだんだん

yanaka1228  28日―谷中銀座の商店街近くにある階段・通称「夕やけだんだん」の上は、ネコの溜まり場となっています。

 その階段脇に、ビールの宣伝のぼりが立てられていて、その横にチョコンと腰かけて日向ぼっこをしていたグレーの縞しまネコ。まるで、看板に化けたつもりにでもなっているように微動だにせず、狭いスペースに収まっていました。

December 26, 2005

【やなか百景】徳川家綱霊廟勅額門―寛永寺霊園

yanaka1226  26日―寛永寺霊園(上野桜木1丁目16)にある徳川家綱霊廟勅額門です。重要文化財です。

 4代将軍家綱公は、1651年4月、父の家光の死で、わずか10歳で将軍の座につき、1680年5月、39歳でなくなりました。法名は、厳有院(げんゆういん)です。

 病気がちだった家綱公を補佐し、政務にあたった大老・酒井忠清はよく知られています。

 家綱の霊廟の一部は、明治維新後に解体されたり、第二次世界大戦で焼失しましたが、勅額門と水盤舎は現存しています。勅額門は、綱吉公の勅額門同様に4脚門、切妻造り、前後軒唐破風(ぜんごのきからはふ)付き、銅瓦葺きです。

 水盤舎は1680年に造立されたものですが、勅額門は1975年(昭和32年)の改修時に発見された墨書銘により、もとは家光の上野霊廟の勅額門であったものを転用されたものと考えられています。

※たいとう名所図会―史跡説明板ガイドブックを参照。

December 25, 2005

【やなか百景】徳川綱吉霊廟勅額門―寛永寺霊園

yanaka1225   25日―寛永寺霊園(上野桜木1丁目16番)にある徳川綱吉霊廟勅額門です。重要文化財です。

 5代将軍・徳川綱吉公の霊廟を参拝に訪れた将軍が通るための門でした。

 綱吉公は、1680年(延宝8年)に兄・家綱の死によって将軍の座につき、1709年(宝永6年)1月10日に63歳で亡くなりました。法名は常憲院(じょうけんいん)。綱吉公ははじめ、善政を行い「天和(てんな)の治」と讃えられましたが、今日では「生類憐れみの令」などを施行した将軍として知られています。

yanaka1225_2  綱吉公は、寛永寺の根本中堂を1689年、現在の上野公園の噴水広場の噴水あたりに建立させました。造営の奉行は柳沢吉保、資材の調達は紀之国屋文左衛門と奈良屋茂左衛門。根本中堂の建立にともない、先聖殿(現・湯島聖堂)が上野から湯島に移されています。

 綱吉の霊廟は1709年(宝永6年)11月に竣工しました。その一部は維新後に解体されたり、第2次世界大戦で焼失したりしましたが、勅額門と水盤舎が、廟とともに残っています。

 霊廟とよくいいますが、霊というのは本殿のことを、廟というのはお墓のことをいうのだそうです。徳川将軍の墓所は、本殿を右側から回って奥に入ったところに廟があるスタイルになっているのだそうです。

December 24, 2005

【やなか掲示板】池波正太郎自筆絵画展始まる―池波正太郎記念文庫

yanaka1224  24日―池波正太郎自筆絵画展・剣客商売「包丁ごよみ」よりが、池波正太郎記念文庫で始まりました。

 池波正太郎記念文庫は、台東区中央図書館(西浅草3-25-16)の中にあり、 時代小説「剣客商売」などを書いた作家・池波正太郎の自筆原稿や絵画などを展示しているほか、時代小説についての資料を集めて公開しています。

 今回の絵画展は、1989年に「小説新潮(新潮社)」2月号から連載されたエッセイ「剣客商売・包丁ごよみ」に挿入された自筆の絵で、原画14展が公開されています。

 そのほか、文芸評論家の縄田一男さんを講師に招いて、「池波正太郎初期作品を読む―『錯乱』を中心に」(2月18日土)、「股旅小説の系譜」(2月25日土)の2講座参加者も行われます。申し込み方法はこちら。 

 

December 23, 2005

【やなか百景】閻魔王坐像―谷中6丁目の長久院

yanaka1223_2  23日―冠の正面に「王」の文字。瞳を見開き、恫喝しているような大きく開いた口。右に司命(しめい・判決文を読み上げる従者)と、左に司録(しろく・ペンと板を持ち記録する従者)の書記官を従えている閻魔王の石造が谷中6丁目の長久院にあります。

 66部造立石造閻魔王坐像(ろくじゅうろくぶぞうりゅうせきぞうえんまおうざぞう)及び両脇侍像と呼ばれ、1997年に台東区の有形文化財に搭載されています。

 台座の銘文によると、66部聖の光誉円心という人が1726年(享保11年)につくったものです。「法華経」を66部写経し、全国66カ所の霊場に、一部ずつ奉納した聖を66部聖といい、生前のしょく罪や健康や幸福、死後の往生を願ったもので、江戸時代になると、写経のほかに、石塔や石仏が造立されるようになりました。

 都内に残る66部聖がつくった石仏は、地像菩薩像が圧倒的に多く、閻魔王の像は稀で希少な文化財の一つです。

※台東区教育委員会による説明板参照

 

 

December 22, 2005

【やなか百景】「スーパイ夏みかん、手を触れないで」-ホッとするふれあいを散見

yanaka1222_2yanaka1222_3   22日-谷中の散策の楽しさの一つに、地域の人との交流があります。それは、買い物をしたりとか、世間話をしたりとかいうことはもちろん楽しいことでしょうが、住んでいる人から見知らぬ通りがかりの人へのメッセージが散見されるといったことです。

 写真左は、「スーパイ 夏ミカンです 手を触れないで 下さい」とピンクの紙に印刷された文字。紙をビニール袋に入れて夏みかんの木に吊るしてありました。見ると大きな実が生っています。車の交通量の多い通りに面した家で、鉢で育った果実。「心ない人もいるのだろうなぁ」と思う一方で、この家の方が大切に育てている樹木であることが伝わってきます。

yanaka1222  続いて、写真下のようなメッセージも見つけました。花のつり籠にぶら下げられたビニール袋。中には手袋とブルーの紙に「落し物」の文字。落としものらしきものが、ガードレールのポールや植栽の上に置かれているのを見かけることはあります。しかし、雨に降られてもよいように、さらに、目立つようにと配慮されたメッセージ。住んでいる人たちの心配りに触れたような気持ちになります。散策が楽しくなる瞬間です。

December 21, 2005

【やなか住ネコ】庇の上の白ネコ-谷中5丁目

yanaka1221_4 yanaka1221_3  21日-寒い冬空の下、めっきりネコに出会わなくなったなぁと、キョロキョロ見回して歩いていたら、庇の上に香箱を組んだ白ネコを発見。首輪をつけているようです。

 屋内から締め出されたというよりも、寒くても息抜きがしたい・・・と思っているように見えたのは、香箱を組んでいるのが、人の手の届かない庇の上という場所だからでしょうか。

【やなか界隈】イチョウ-浅草寺

yanaka1221yanaka1221_2  21日-浅草寺境内にあるイチョウです=写真撮影12月7日。観音堂から右に折れて、二天門に出る道の右側で、ちょうど観音前交番の前にあります。

 幹の内部が空洞になっていて、よくみると焼け焦げた跡がわかります。これは1945年3月10日の東京大空襲の戦災で焼けたのだそうです。浅草寺の観音堂などが焼失した当時を無言で物語り、このイチョウの生命力は、戦争の恐ろしさ、平和の尊さを教えてくれているようです。

December 19, 2005

【やなか番外編】谷中に縁のある鋳金作家・津田信夫(しのぶ)・高村豊周(とよちか)展-千葉県のメタル・アート・ミュージアムで23日まで

metal-art-museum1_72  18日-谷中に縁のある鋳金家・津田信夫(つだしのぶ)の生誕130年を記念して、津田信夫と、津田の一番弟子であり人間国宝の鋳金家・高村豊周(たかむらとよちか、高村光雲の子どもで、光太郎の実弟)2人の作品展が23日まで、千葉県印旛村のメタル・アート・ミュージアム・光の谷で催されています。

December 18, 2005

【やなか界隈】浅草(あさくさ)神社

yanaka1217  18日-浅草(せんそう)寺観音堂に向かって右奥にあるのが浅草の総鎮守・浅草(あさくさ)神社です。

 浅草神社の旧名・三社権現社は、浅草寺のご本尊・聖観世音菩薩を漁の投網で救い上げた檜前浜成(ひのくま・はまなり)・竹成(たけなり)兄弟と土師中知(はじ・なかとも)の3人を祀ることから「三社」といわれました。

 1885年(明治18年)に氏子によって寄進された石の大鳥居をくぐり、約1450坪の境内があり、「権現造り」の社殿、神楽殿があります。

 明治政府の神仏分離令によって浅草寺と分けられるまでは、浅草寺の僧侶が神前で読経をあげていました。社殿の内殿には、法衣に左肩から右わきの下に垂らした袈裟・七条袈裟(しちじょうげさ)をかけた僧の姿をした土師氏の像と、冠の立て烏帽子(えぼし)に、略式の装束・直衣(のうし)を着た檜前兄弟の像が祀られています。

 社殿は、1649年(慶安2年)、江戸幕府三代将軍家光の寄進で建てられました。1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲で、大部分の建物が焼失したのですが、この浅草神社と二天門などは焼失を免れました。

 三社祭は古くは「観音祭」といわれ、毎年3月17・18日の両日に行われていましたが、現在は5月17・18日に最も近い土・日曜日を選んで行われています。

December 17, 2005

【やなか界隈】エンジュ-浅草神社

yanaka1216_3  16日-浅草(あさくさ)神社の境内にあるご神木「槐(エンジュ)」です。

 エンジュは、中国原産のマメ科の落葉喬木で、夏に黄白色の花をつけます。古来中国では高貴な木として珍重された樹木です。

 このエンジュがご神木になったいわれがあります。628年(推古天皇36年)3月18日、隅田川で漁をしていた檜前浜成(ひのくま・はまなり)、竹成(たけなり)兄弟の網にかかった仏様はどなたなのかと、土師仲知(はじ・なかとも)に尋ねたところ聖観世音菩薩だということがわかりました。その際、ひとまず安置されたのが、川辺のエンジュの切り株だったのです。

yanaka1216_2   この聖観世音菩薩は、浅草寺(せんそうじ)のご本尊です。そして、檜前浜成・竹成、土師仲知の3人は功労者として祀ったのが三社権現社、今の浅草神社です。

 このエンジュの木は、枯れては生え、枯れては生えと連綿と境内から絶えることがない、不思議な縁の木と伝えられています。

December 16, 2005

【やなか住ネコ】番外編・店番犬のボブ-訳あって下北沢

yanaka1216  16日-東京・新宿から電車で10分ほどのところにある下北沢で出会った店番犬ボブです。花屋さんの店先で、ご主人が市場から運んできた花を店に運び入れる作業を監督しているように、通りを眺めていました。

 赤い服を着せてもらい、クリスマス前はサンタクロースを連想させます。寒いのか、体を震わせながらも、けなげにご主人が荷物を運んで戻ってくるのを待っていました。

 少し早いのですが、来年の主役「戌」年が待ちきれず・・・ということで登場です。

December 14, 2005

【やなか住ネコ】巫女ネコの睦吉-浅草神社

yanaka1214  14日-浅草神社(あさくさじんじゃ)の社務所の窓から顔を覗かせているのは睦吉です。まさに巫女ネコ。参拝者よりは同僚?巫女の動きに興味があるようで、なかなかカメラに目線をくれませんでした。

 おみくじ箱のそばに菓子箱ような箱が置かれています。その箱には「箱入りネコ 睦吉」と書かれています。

December 13, 2005

【やなか住ネコ】美容室の看板ネコその2-谷中7丁目

yanaka1213  13日-谷中7丁目の路地を入ったところにある美容室の看板三毛ネコです。寒くなり、閉めきった窓辺で、通行人を眺め、客引きをしています。ガラスに反射した看板を背に、まさに看板ネコ。

 近寄ったら、棚の上にのぼられ、見下ろされてしまいました。どちらが観察しているのか?互いに・・・といったところでしょうか。

【やなかSNAP】縄文時代の破片も出土その2-谷中地区防災ふれあい広場

yanaka1211_7yanaka1211_2yanaka1211_3yanaka1211_4yanaka1211_5yanaka1211_6  13日-谷中地区防災ふれあい広場(仮称)の発掘調査見学会で陳列された出土品です。左から右へ、上から下に時代が古くなります。上の左から2つ目は、瓦質の土器で、「文化十歳、四月十七日、八丁堀」とあります。文化十歳は1813年。下の段右の写真は、縄文土器と黒曜石の石器片だそうです。

December 11, 2005

【やなかSNAP】縄文時代の破片も出土-谷中地区防災ふれあい広場

yanaka1211_9yanaka1211  11日-谷中地区防災ふれあい広場(仮称)の遺跡調査見学会が10日、近隣に住む人たちを対象に行われました。台東区教育委員会の学芸員によって説明され、50人以上が参加しました。

 遺跡調査は、土の色を注意深く観察して、建造物や柱の跡、出土したものの年代やどのように使われていたかを調べるのだそうです。この広場は、蛍坂から道路に向かって下る傾斜地で、谷中コミュニティセンターと広場の間は谷間になっていたことがわかったのだそうです。

yanaka1211_11yanaka1211_10  調査されたのは、防災関係施設が建てられる場所と、樹木が植えられる予定の場所だということです。縄文時代、弥生時代の土器の破片から江戸時代の天目茶碗やすり鉢なども出てきたそうです。また、江戸時代の武家屋敷が建てられていた頃の井戸の跡が3カ所あったということです。

 写真右上は、四角い跡が、規則正しく並んで残っていて、土蔵の基礎のようなものだったのかもしれないという説明でした。また、地下室がいくつも並んでいたと思われる江戸時代の頃の跡もあるそうです。江戸時代は、切り絵図から旗本「酒井家」の屋敷があったことがわかっています。

 写真左下は、土器が見つかったところ。写真右下は、深く掘られて地層がよくわかる写真です。茶色の濃さが変わる辺りが弥生時代の土で、その下が縄文時代、黄色が関東ローム層、その下に白い土の層があり、その下は砂礫層が4メートルあるのだそうです。

 この谷中界隈では、縄文時代中期の領玄寺遺跡、谷中三崎町遺跡、荒川区延命院貝塚谷、文京区千駄木貝塚など、縄文時代からの遺跡が多いことから、近くに海があったり、谷にそって湧き水が湧いて流れたりと、太古の昔から人々の住みやすい土地だったようです。

December 08, 2005

【やなか自然】見事!ウルシの紅葉-台東初音幼稚園

yanaka1208_2yanaka1208_3   8日-見事な紅葉で秋を感じさせてくれたのが、台東初音幼稚園のシンボルツリー・漆の木です。

 漆器は英語でjapanというほど、日本の生活に縁のある樹木ですが、残念ながら、名前は知っていても、見分けが付くという人はそれほど多くないのでは。

 漆器は、ウルシの樹液が塗られたもので、樹液は酸化して黒くなります。また、陶器などの欠けや割れたものを継ぐ「金継」などにも、自然素材の接着剤としても使われてきました。

 「ウルシに触れるとかぶれる」と聞きますが、これはウルシのもつ成分ウルシオールという成分によるものだそうです。

 余談ですが、ウルシ科の植物を調べると、カシューナッツやマンゴーが。どちらも好物。ますます親しみを感じます。

December 05, 2005

【やなか私的!】あめ横でマグロではなく鮭を食べる

yanaka1205  5日-上野から御徒町に山手線と平行してある商店街の「あめや横丁」、通称・アメ横。大量のものを安くといった販売方法は、家族の少ない私には、なかなか手が出ず、いつも冷やかしの散策になってしまうのですが、前から一度寄ってみたいと思っていたマグロなど海鮮ものの丼のお店に入りました。半露店で、アメ横の活気溢れる雰囲気を肌で感じながら食べる丼は、ちょっとしたイベント気分でした。イクラに魅かれて「鮭親子丼」500円を食べました。イクラより鮭が多かったのが残念でしたけど、満足。ちなみにイクラ丼は600円。「マグロの店だったな」と、次回への心残りを胸に帰りました。

 上野アメ横公式ホームページはこちら

December 04, 2005

【やなか界隈】文京ふるさと歴史館の特別展「近代建築の好奇心-武田五一の軌跡」は4日まで

yanaka1203_3  3日-文京ふるさと歴史館(文京区本郷4-9-29)=写真の平成17年度特別展「近代建築の好奇心-武田五一の軌跡」は、4日に最終日を迎えます。

 武田五一は、1872年(明治5年)11月15日に広島県で生まれ、東京帝国大学工科大学(現・東京大学)造家学科を卒業し、大学院に進学。1900年から3年間、文部省による図案研究のためにヨーロッパに留学。帰国後、アール・ヌーヴォーを日本に紹介しました。東京帝国大学工科大学助教授、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)教授などを歴任したのち、京都帝国大学(現・京都大学)に工学部建築学科を創設し、初代教授に就任。1938年、65歳でなくなりました。

 文京区西片で学生時代を過ごし、本郷6丁目に代表作の一つ「求道(きゅうどう)会館」、「求道学舎」があるほか、東京では、千代田区にある日本勧業銀行本店(現・千葉トヨペット本社)、港区の福島行信邸などがあります。

 武田五一は、建築家であり、教育者であり、デザイナーであり、特別展には図面、写真、スケッチ、インテリアなど多才な芸術家であることがわかります。

 強度偽装マンション事件が連日、ニュースで報じられていますが、明治から昭和にかけての建築は「芸術」であり、「商業」ではなかった頃の建築家の精神に触れたような気がしました。

December 03, 2005

【やなか住ネコ】運転手もどきネコ-谷中7丁目

yanaka1203_1  3日-駐車された車の前。まるでお抱え運転手のようにすわっている黒茶まだらネコ。手元に落ち葉が一枚。

 一振りすれば、人間の運転手に早替わりし、車は空を飛び・・・といった具合に、なんとも楽しい想像が浮かんできそうな光景でした。

December 02, 2005

【やなか百景】日暮里駅荒川区側の広場-新交通日暮里・舎人線敷設工事と再開発

yanaka1202  2日-日暮里駅の荒川区側広場です。駅前は再開発の工事と、新交通日暮里舎人線の敷設工事が進められています。

 この日暮里舎人線は、日暮里(荒川区)と舎人(とねり)地区(足立区)の9.7キロを約20分で結ぶ交通システムで、開通は2007年度を予定

December 01, 2005

【やなかの自然】紅葉-御殿坂のサクラ

yanaka1201  1日-谷中の紅葉はいつ?と待ち続けていましたら、立冬を過ぎ小雪の節に入って、それらしい雰囲気になってきています。

 JR日暮里駅北口の谷中方面に出た御殿坂のサクラ並木も日々色づき落葉しています。

 JR日暮里駅を背に、御殿坂の左が台東区、右が荒川区で、江戸時代は谷中側が町奉行の支配地、荒川区側が代官支配地となり、都と郊外の境となっていたところです。

 今年の御殿坂、サクラ満開は、こちら

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