« 【やなか住ネコ】逆観察猫-谷中7丁目 | Main | 【やなか掲示板】東京藝術大学の学祭「藝祭」-9~11日 »

September 07, 2005

【やなか百景】諏方神社の山車人形番外ー鎮西八郎源為朝

yanaka0907 7日-今年の諏方神社(荒川区西日暮里3-4-8)の大祭は、御鎮座800年の節目の年でもあったことから、かつて谷中にあった山車人形2体が郷帰りをして、まつりを盛り上げました。

 郷帰りの2体のほかに、諏方神社が保管している山車人形「鎮西八郎源為朝(ちんぜいはちろうためとも)」も展示されました=写真。鎮西八郎源為朝は、源為義の8男で、源頼朝、義経の伯父で、武勇者で弓の名手だったそうです。

 諏方神社境内に、平塚春造さんがによる説明板があります(1989年10月付)。それによりますと、製作年は安政(1854~60)とありますが、作者は不詳。当時の諏方神社の山車は、江戸の中でも有名、かつ、格式高いものでした。それは、日清戦争の戦勝祝賀会が皇居前広場で行われ、東京中の山車が勢揃いした際に、登場する順位が3番目で、広場までの道中を鳶頭(とびかしら)たちの木遣りと芸者衆の手古舞(てこまい)、2頭の牛車がひいて参列したといわれているそうです。

 明治末頃は、本祭りのたびに牛と子どもたちに引かせていたのが、都市化で電線などによって、山車の運行ができなくなり、氏子有志による「祖崇会」が維持管理して人形だけを飾るようになりました。しかし、戦後、その組織が自然消滅し、人形は倉庫に保管されたままとなります。時を経て、人形の傷みが激しくなったことから、金子正男さんと工藤三郎さんが「このままでは朽ち惜しい」と復元したのだそうです。

 ※木遣り(きやり)=もとは、働く人の気と力を一つにするために歌った労働歌。鳶の歌として定着し、今では、おめでたい席で歌われることも多い。

 ※手古舞(てこまい)=江戸時代の祭礼の余興に出た舞。もとは氏子の娘が扮した。後に芸妓が、男髷に右肌ぬぎで、伊勢袴・手甲・脚絆・足袋・わらじをつけ、花笠を背にかけ、鉄棒(かなぼう)を左に突き、右に牡丹の花をかいた黒骨の扇を持って、あおぎながら木遣りを歌って神輿を先導するようになった(広辞苑調べ)。

« 【やなか住ネコ】逆観察猫-谷中7丁目 | Main | 【やなか掲示板】東京藝術大学の学祭「藝祭」-9~11日 »

「やなか百景」カテゴリの記事

Categories

  • 「やニャかの住猫です」
  • まちなみ探訪
  • やなかの自然
  • やなかの路地
  • やなかニュース
  • やなか・かわら版
  • やなか回覧板
  • やなか墓碑銘拝観
  • やなか掲示板
  • やなか桜並木
  • やなか界隈
  • やなか番外編
  • やなか百景
  • やなかSNAP
  • 春夏秋冬
  • 谷中私的!
  • 谷中超私的!