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July 07, 2005

【やなか百景76】虫図譜のモデルを慰霊した虫塚-寛永寺

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 7日-虫類を写生して図鑑「虫豸帖(ちゅうちじょう)」は、大名画人・増山雪斎(1754-1821)の作です。精緻さと正確さで知られているそうです。
 増山正賢(雪斎)は、1754年(宝暦4年)に伊勢長島(現・三重県)藩主・正贇の長子として江戸屋敷で生まれました。雪斎は号。玉園、蕉亭、石顛道人、巣丘隠人など多くの別号を持っています。江戸の文人・大田南畝(なんぼ、1749-1823)や大阪の豪商・木村兼葭堂(けんかどう、1736-1802)など、文人墨客と交流を持ち、パトロンとしても活躍しました。自らも清朝(中国)の画家・沈南蘋(しんなんびん、1682-1760)に代表される南蘋派の写実的な画法に秀で、多くの花鳥画を描いています。
 虫塚は、当初、増山家の菩提寺・寛永寺子院の勧善院内にありましたが、昭和初期に寛永寺に合併されたため、現在の場所に移されました。勧善寺は、4代将軍徳川家綱の生母で、増山氏の出である宝樹院の霊廟の別当寺(神社に設けられた寺、)として創建されています。
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 碑は自然石で、正面は儒学者・葛西因是(かさいいんぜ、1764-1823)の撰文を漢詩人・大窪詩仏(1767~1837)が書し、裏面は詩仏と菊池五山(きくちござん、1769- 1849)の自筆の詩が刻まれて、当時の有名な漢詩人たちが、増山雪斎の遺志を継いで、写生に使った虫類の霊を慰めるために建てたことがわかります。

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