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June 25, 2005

【やなか墓碑案内】仮名垣魯文の墓-永久寺

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 寺町である谷中のお寺には、歴史の表舞台で活躍した人たちの墓碑が散見されます。幕末や明治ともなりますと、隔世の観がある一方、過去から未来へ続く人々の営みを感じたりもします。
 永久寺(台東区谷中4-2-37)に仮名垣魯文(かながき・ろぶん)の墓があります。
 台東区教育委員会の説明板によりますと、仮名垣魯文は幕末・明治時代の劇作者、そして、新聞記者で、本名は野崎文蔵、号を鈍亭、猫々道人(みょうみょうどうじん)などといいました。1829年(文政12年)江戸京橋生まれ。商家に奉公したが、戯作者を志し、1860年(万延元年)、「滑稽富士詣」を書いて世に出ました。
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 明治時代になると、当時の文明開化の世相を風刺した「西洋道中膝栗毛」「安愚楽鍋」等の作品を発表。花形作家となった。のち、ジャーナリズムの世界に転じ、「横浜毎日新聞」「仮名読売新聞」「いろは新聞」「今日新聞」などに関係し、活躍しました。1879年(明治12年)に発表された仮名垣魯文の「高橋阿伝夜叉譚(たかはしおでん・やしゃものがたり)」は世上を沸かせたそうです。1894年(明治27年)、66歳で死去。
 余談ですが、高橋お伝という人は、1879年1月31日、東京・市ヶ谷の監獄で最後の斬首刑となった女性で、毒婦と称されたそうです。
 ※写真上=正面は観音像石彫刻、
 ※写真下=墓石に向かい左の側面「遺言本来空 財産無一文 俗名 仮名垣魯文」

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