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May 16, 2005

【やなか百景58】御隠殿跡-台東区根岸2丁目

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 16日-御隠殿坂は、東叡山寛永寺住職輪王寺宮法親王が、寛永寺から別邸の御隠殿へ行くための坂道だと紹介しました。

 その御隠殿は、御隠殿坂と芋坂の間の一帯にあり、敷地は3500坪前後、入谷田圃が見晴らせ、老松の林に包まれた池をもつ優雅な庭園で、ここから眺める月は美しかったといわれているそうです=写真上

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 台東区の説明板によりますと、輪王寺宮一品法親王(りんのうじのみやいっぽんほうしんのう)は、天台宗の首長である天台座主(ざす)に就き、比叡山・日光山・東叡山の各山主でもあったことから「三山管領宮(さんざんかんりょうのみや)」とも呼ばれ、第3世から幕末の第15世まで、親王あるいは天皇の猶子(ゆうし)いわゆる養子を迎え継承されてきました。

 その輪王寺宮は、1年のうち9ヵ月は上野に住んでいました。その間は、寛永寺の本坊(現・東京国立博物館内)で公務に就き、御隠殿は休息の場として利用したそうです。

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 御隠殿が造られた年代は明らかではないようですが、幕府編纂の絵図「御府内沿革図書」に、1753年(宝暦3年)7月に「百姓地4反1畝」を買い上げて、「御隠殿前芝地」としたと書かれているので、1753年までには造られていたようだとあります。しかし、1868年(慶応4年)5月、彰義隊の戦いで御隠殿は焼失しました。

 台東区根岸2-19-10にある薬師寺=写真中の一画に御隠殿跡という石碑=写真下があります。

※写真はクリックすると拡大されます。写真上=御隠殿敷地のスケッチ画。左端の道(No.22)が御隠殿坂、右端の道(No.2)が芋坂と説明されています。

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