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April 18, 2005

【やなか百景43】八重桜満開の養福寺

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 18日-谷中霊園の桜並木は花弁を散らしましたが、谷中では遅咲きの桜があちらこちらで、まだまだ美しく咲き誇っています。養福寺(ようふくじ・荒川区西日暮里3-3-8)の門前の八重桜も今が見頃です=写真上。境内には紅が中心に入ったウコンサクラが満開です。
 今回は、養福寺を紹介します。
 荒川区教育委員会の説明板によりますと、養福寺は真言宗豊山派(ぶざんは)の寺院で、補陀落山観音院(ふだらくさんかんのんいん)と号し、湯島円満寺の木食(もくじき)義高(1718年没)によって中興されました。
 江戸時代は、多くの文人たちが江戸の名所である「日暮里(ひぐらしのさと)」を訪れ、その足跡を残しています。養福寺では「梅翁花樽碑(ばいおうかそんひ)」「雪の碑」「月の碑」などからなる「談林派歴代の句碑(区指定文化財)=写真中央」や江戸の4大詩人の一人で漢詩、柏木如亭(かしわぎじょてい、1763-1819)を偲んで建てられた「柏木如亭の碑」、畸人(きじん)で知られた自堕落(じだらく)先生こと山崎北華が自ら建てた「自堕落先生の墓」などさまざまな文人の碑が残る寺として知られているということです。
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 さて、説明にある「談林派の句碑・梅翁花樽碑」ですが、談林派は、大阪の西山宗因(にしやまそういん、1605~1682、連歌師・詩人)を祖とする俳諧の一流派です。江戸時代初期に流行し、軽口俳諧などと呼ばれました。「好色一代男」の作者・井原西鶴(いはらさいかく・1642-1693)も宗因に師事し、俳諧師として活躍しています。養福寺の碑は1792年(寛政4年)に西鶴の100回忌を記念して建てられたということです。
 中央が梅翁花樽碑、左右に雪の碑、月の碑、左手前に菱形の標石があり、谷素外(たにそがい・)が供養にと建てました。碑は建立当時のものですが、雪の碑のみ、1808年(文化5年)に再建されたものだそうです。
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 この他に、山門正面にある朱塗りの仁王門=写真下は宝永年間(1704-11)の建築と伝えられています。なぜならば、表側に安置されている仁王像の胎内から宝永4年の銘札が発見されているからで、また、門柱上部等の木鼻(きばな)・蟇股(かえるまた)に見られる渦文の絵様の特徴が見られるからで、門も銘札とほぼ同じ時代のものと推定されているそうです。
 門の裏側には、4天王のうちの広目天と多聞天の像が安置されています。
 旧本堂など江戸時代の建物が戦災で失われた中、この仁王門は焼失を免れ、今にその姿をとどめています。
 境内には、鐘楼もあり、大晦日には、除夜の鐘を108つ、参拝者によって鳴らされます。

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