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April 30, 2005

【やなかSNAP】不忍通りでネットワーク型一箱古本市

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 30日-谷中・根津・千駄木地域の書店、雑貨店、ギャラリー、カフェなど12店舗の軒先で、青空古本市が開かれました。不忍(しのばず)ブックストリート一箱古本市・本と散歩が似合う街となずけられたこのイベントは、編集者でライターの南陀楼綾繁さんを発起人に往来堂書店、オヨヨ書林、古書ほうろうと有志が実行委員会をつくって催し、約75人の参加者が一箱ずつ古本を持ち寄って販売したほか、路上ペンギン写真家・高野ひろしさんによる一日写真展、写真家・大沼ショージさんの銭湯写真の展示も行われました。
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 それぞれダンボールに思い思いの店名が書かれており、私は「持ってけ泥棒」さんから筑摩書房刊「世界ノンフィクション全集40-ちょっとピンぼけ(ロバート・キャパ)、黒い哀しい歌(ビリー・ホリデイ)、ハリウッドの王子(エロール・フリン)」を50円で、古書うさぎ書林さんから人文社発行「古地図ライブラリー別冊切絵図・現代図で歩く 江戸東京散歩」を1000円で購入しました。
 ※写真上=オヨヨ書林前の青空古本市と高野ひろしさんの一日写真展。路上ペンギンとして高野さんの写真のモデル・キングペンギン「銀の輔」も店番をしていました。高野ひろしさんによりますと、何でも路上ペンギンは3羽いるそうで、金次郎、銀の輔、シゲルのトリオだそうです。ネコとの2ショットは「逃げられることも多く、(絵になるのは)10回に1回」とのこと。忍耐と奇跡の作品のようです。ペンギンが町に出没することで、町の哀愁や生活臭が強く感じられるから不思議です。
 ※写真下=スタンプラリーでスタンプを全12個集めました。景品は一箱古本市特製マッチでした。
 ※谷中を「観光地だなぁ」と感じるのは、イベントで旧知に逢うことで、今日も約15年ぶりに学生時代の先輩にバッタリあいました。

【やなか界隈10】つつじ苑見頃、GWで賑わう境内-根津神社

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 30日-根津神社のつつじ苑のつつじは、遅咲きの開花も始まり、見頃を迎えています=写真左。GWで30日は猿まわしに人垣ができたり、茶屋をはじめ境内の木陰で寛ぐ人の姿も見られました=写真右
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◆第36回つつじまつり(4月8日~5月5日)これからの行事
5月3日(祝)

午前10時=駒込・乙女両稲荷神社例大祭(境内)
午前11時~=野点(つつじ苑内)・江戸千家青年部
午後1時~=浦安の舞(舞殿)氏子童女
5月5日(祝)
午後1時30分=こどもの日放生会
 

April 28, 2005

【墓碑銘拝観】江戸に水道を引いた大久保主水-瑞輪寺

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 28日-江戸に水道を引いた大久保主水(おおくぼもんと)の墓が、瑞輪寺(谷中4-2-5)にあります。
 台東区教育委員会の説明板によりますと、大久保主水の名は忠行、または藤五郎といい、三河国の300石の武士として、徳川家康に使えていました。一向一揆のときに足を負傷してからは、戦列に加われず、餅菓子を作る特技を生かして、家康に菓子を献じたということです。
 家康が1590年(天正18年)に江戸に入り、町づくりを始めたときに用水事業を命ぜられ、忠行は、武蔵野最大の湧水地である井の頭池、善福寺池を源に、それぞれの池から流れる河を利用して、江戸城ならびに市中の引水に成功しました。
 これは神田上水といい、江戸の水道の始まりで、日本の水道のさきがけとなりました。
 この功績により、家康から「主水」の名を賜りましたが、水は濁らざるを尊しと「モント」と読むようにいわれたということです。以来、子孫は代々主水と称し、幕府御用達の菓子司を務めたということです。
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 大久保主水の墓がある瑞輪寺の開山は、慈雲院日新上人、開基は徳川家康です。日新上人は、徳川家康公が幼少の頃、学問教育の師範でした。瑞輪寺によりますと、家康は、感謝の気持ちから、日新上人に1582年(天正10年)、本堂創建を約束し、9年後、家康は本堂を創建したということです。

April 27, 2005

【やなか百景48】まちかどの自然発生型ベンチ-谷中7丁目

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 27日-谷中のすてきな景色を見かけました。住宅の土台コンクリートに腰掛けて休憩する女性です。
 谷中は、江戸のある町、寺町、下町と呼ばれて近年は散策やスケッチに訪れる人が増えています。魅力の一つに、都心にあってコミュニティ豊かなことがあげられています。
 実際、谷中に住んでみると、コミュニティが豊かといわれる所以は、路地が残っていることと関係があるように感じます。昔ながらの路地は近寄りがたく、その一方、発見もあり、魅力は深まる一方です。
 そして、路地を含めて、まちの成り立ちや住まい方に、コミュニティが豊かになるための仕掛けがあるからなのだとわかってきました。その一つが、このような自然発生型ベンチ。今朝も、陽だまりで、散策途中に一休みをしている人がいました。
 

【やなか住ネコ12】おすまし黒猫-谷中霊園

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 27日-谷中7丁目の黒猫です。谷中霊園沿いのぎんなん横丁と呼ばれている小道を通行する人の視線の先を追ったら、墓地から通りの人間を観察する黒猫の視線とぶつかりました。
 ぎんなん横丁は、朝倉彫塑館の母屋玄関前から霊園の敷地沿いに延びている道で、霊園内の目抜き通り・さくら通りと平行に走っています。ぎんなん通りとぶつかり、その交差点には、イチョウの大木があります。

April 25, 2005

【やなかの自然09】藤-経王寺

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 25日-経王寺(荒川区西日暮里3-2-6)の本堂脇の藤棚が見頃です(写真は27日撮影)。経王寺は、上野戦争(1868年)の時の銃痕が残る山門(荒川区登録文化財)や、日蓮上人の作と伝えられる大黒天が祀られています。
 経王寺による説明板によりますと、この藤は加比丹(かびたん)藤といい、樹齢200年以上だそうです。加比丹藤は盆栽用だけれども、現在は数が少なく珍木だそうです。
 このほか、芍薬やツツジなど、境内には季節の花が参拝者の目を楽しませています。
※写真を27日撮影のものに差し替え、加筆しました。

April 24, 2005

【やなか百景47】谷中・寺町の風景-先が見通せる!?

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 24日-先が見通せる!?というのは、谷中・寺町ならではの眺望。興禅寺(谷中5-2-1)の塀のから中を覗くと、卒塔婆の奥に平行して走っている隣の道路の向こう側にある店の青いテントが目に入ります。人家もなく、寺と寺が背中合わせに所在している寺町ならではの風景です。
 谷中の町は、薄皮まんじゅうに例えて、皮のように、道沿いに人家があり、餡の部分は墓地や寺だということです。
 また、谷中に寺が多いのは、1648年(慶安元年)に、江戸の市街化で、幕府の命令で神田から多くの寺院が移ってきたこと、1657年(明暦3年)1月の江戸大火(振袖大火)によって焼失した寺院が谷中に移ってきたことなどによるといわれています。
 

April 23, 2005

【やなか百景46】猫アーティストの発表の場-谷中・ギャラリー「猫町」

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 23日-谷中で出会うネコでも、ここのネコはツワモノぞろい。そこは、猫アーティストの発表の場、谷中・ギャラリー「猫町」(谷中2-6-24)=写真上。陶芸・絵画・人形・彫刻・工芸など、猫をテーマに活動する全国のアーティストの個展が行われている猫専門のギャラリーです。石段を上り、くぐり戸を入ると、庭先で陶器のネコがお出迎えをしてくれます。
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 24日までは草田美津保個展「とらきち・ら・ら・ら」=写真下が開催中。粘土の原型に古裂ちりめんを貼って作られた猫たちが展示されています。鼻ホクロをつけ、チョコンと牙を覗かせてニタリと笑うユニークなネコたち。なんでも作っているときは、ネコというより人間をイメージして、「こんな人いたなぁ」と思いながら作っているのだそうです。
 続いて、28日(木)から5月8日(日)までは、もりわじん個展が開催される予定です。
 ◆谷中・ギャラリー「猫町」
 台東区谷中2-6-24 TEL&FAX03-5815-2293
地下鉄千代田線「千駄木」駅下車
 猫アートサイト「猫町プロジェクト」http://www.necomachi.com/

【やなか住ネコ11】黒ネコとトラネコ-谷中7丁目

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 23日-真打登場!2匹の黒猫です。これまでも庭からチリチリと鈴の音が聞こえることがたびたびありました。きっとネコだろうと思っていました。ヤッパリ。この2匹は、ご近所でかわいがられているネコたちです。陽だまりで草や虫にジャレる姿は幸せそうです。
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 と、なにやら屋根でだみ声が・・・。ネズミ小僧ならぬ、ドロボウ猫-!? トラ猫が屋根瓦を歩いて横切り、左奥の家の2階ベランダに抜けていったのでした。ネコ道は3次元なのだと痛感しました。
※写真をクリックすると写真が拡大されます。

【やなか界隈09】つつじまつりで徳川家宣公奉納の大神輿を公開

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 22日-根津神社の第36回つつじまつり(8日~5月5日)の期間、社殿で徳川家宣公が奉納した大神輿3基うち1基と、大和絵の大家・森村宜永画伯が奉納した三十六歌仙絵が拝観できます。6代将軍徳川家宣公は、(正徳3年)根津神社大祭を行うことを定め、翌年、江戸の町を上げて盛大な祭礼を行い、天下祭、また、御用祭といわれて、江戸三大祭りの一つといわれたそうです。この時に奉納された神輿が現存し、隔年で9月に行われる大祭で担がれます。

【やなか界隈08】根津神社つつじ苑-早咲きが見頃

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 22日-根津神社(文京区根津1-28-9)のつつじ苑では、早咲きのツツジが見頃です。約2000坪に約50種3000株のツツジが植えられているそうです。境内には甘酒茶屋や植木市、露天が並び、22日午後も参拝客でにぎわっていました。
 今週末24日(日)は、午前11時から、つつじ苑内で江戸千家安達勝雪社中による野点が、行われる予定です。また、同じく24日午後1時から4時まで、千駄木2丁目商店街で、鼓笛隊パレードとかっぽれパレードが予定されています。

April 21, 2005

【やなか百景45】観音寺(谷中5-8-28)

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 21日-谷中の築地塀の寺として観音寺=写真左は知られていますが、この寺は、赤穂浪士ゆかりの寺でもあります。
吉良邸討ち入りは「忠臣蔵」の題材として、広く世に知られていますが、47士に名を連ねる近松勘六行重(ちかまつかんろくゆきしげ)と奥田貞右衛門行高(おくださだえもんゆきたか)は、この寺で修行をして、のちに朝山(ちょうざん)大和尚となった文良(ぶんりょう)の兄と弟だったそうです。
 台東区の史跡説明板によりますと次のようにあります。
 「寺伝に、文良は浪士らにできうる限りの便宜をはかり、寺内ではしばしば彼らの会合が開かれたという。明治末の福本日南(ふくもとにちなん・1857-1921)の著作「元禄快挙録」には、勘六は死にのぞみ『今日の仕儀勘六喜んで身罷ったと、長福寺の文良へお伝え下されたい』と遺言したというエピソードが記されている。当寺はもと長福寺と称し、1716年(享保元年)観音寺と改称した。
 本堂に向かって右側にある宝蔵印塔=写真右は、47士慰霊塔として古くから伝えられ、現在でも霊を弔う人が訪れている。上部に四方仏を現す種子(梵字)、下部に宝蔵院陀羅尼経、1707年(宝永4年)三月吉日、長福寺六世朝山の名を刻む」。

April 20, 2005

【やなか百景44】谷中・首ふり坂(三崎坂・さんさきざか)

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 20日-「谷中・首ふり坂」は、作家・故池波正太郎さんの短編のタイトルですが、この坂道は実在のものです。坂道を上るとかつていろは茶屋があったあたりで、その先は谷中霊園。下ると不忍通りを横切って団子坂となります。首ふり坂は、本当は三崎(さんさき)坂という名前です。三崎という地名の由来には諸説あるということですが、駒込・田端・谷中の三つの高台にちなんでいるといわれています。説明板には、1773年(安永2年)の「江戸志」によると「30年ほど以前、この坂の近所に首を振る僧侶がいたことから別名を首ふり坂というと」と書かれているのだそうです。
 ところで、池波正太郎著「谷中・首ふり坂」は、養子に入った武家の妻に辟易していた男が、初めて連れていかれた谷中の茶屋の怪力女に見せられて武士の身分を捨てた男の話。精力絶倫で、鼻持ちならない武家の妻が浮気現場の船宿に現れて、薙刀を振るうと、怪力でしおらしい愛人が男を庇って妻を川に投げ入れるシーンのおかしさ。勧善懲悪では語れない池波ワールドの妙味が谷中を舞台に描かれています。

April 19, 2005

【やなかの自然08】シマナンヨウスギ-本行寺

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 19日-月見寺で知られる本行寺(荒川区西日暮里3-1-3)の庭に南洋の樹木を見つけました。シマナンヨウスギ=写真は、オーストラリの東、ニュージーランドの北にあるノーフォーク島の原産で、その姿のきれいさから、クリスマスの時にモミの木の代わりに使われたり、観葉植物として、流通しているようです。注目したいのは、戸外に植栽されているため、冬場は成長が止まり、その部分が枝に現れて、珍しい形となっていることです。キャプテン・クックが1774年(安永3年)に南太平洋のパイン諸島で発見したといわれ、成木は高さ60メートルにもなるそうです。

April 18, 2005

【やなか百景43】八重桜満開の養福寺

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 18日-谷中霊園の桜並木は花弁を散らしましたが、谷中では遅咲きの桜があちらこちらで、まだまだ美しく咲き誇っています。養福寺(ようふくじ・荒川区西日暮里3-3-8)の門前の八重桜も今が見頃です=写真上。境内には紅が中心に入ったウコンサクラが満開です。
 今回は、養福寺を紹介します。
 荒川区教育委員会の説明板によりますと、養福寺は真言宗豊山派(ぶざんは)の寺院で、補陀落山観音院(ふだらくさんかんのんいん)と号し、湯島円満寺の木食(もくじき)義高(1718年没)によって中興されました。
 江戸時代は、多くの文人たちが江戸の名所である「日暮里(ひぐらしのさと)」を訪れ、その足跡を残しています。養福寺では「梅翁花樽碑(ばいおうかそんひ)」「雪の碑」「月の碑」などからなる「談林派歴代の句碑(区指定文化財)=写真中央」や江戸の4大詩人の一人で漢詩、柏木如亭(かしわぎじょてい、1763-1819)を偲んで建てられた「柏木如亭の碑」、畸人(きじん)で知られた自堕落(じだらく)先生こと山崎北華が自ら建てた「自堕落先生の墓」などさまざまな文人の碑が残る寺として知られているということです。
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 さて、説明にある「談林派の句碑・梅翁花樽碑」ですが、談林派は、大阪の西山宗因(にしやまそういん、1605~1682、連歌師・詩人)を祖とする俳諧の一流派です。江戸時代初期に流行し、軽口俳諧などと呼ばれました。「好色一代男」の作者・井原西鶴(いはらさいかく・1642-1693)も宗因に師事し、俳諧師として活躍しています。養福寺の碑は1792年(寛政4年)に西鶴の100回忌を記念して建てられたということです。
 中央が梅翁花樽碑、左右に雪の碑、月の碑、左手前に菱形の標石があり、谷素外(たにそがい・)が供養にと建てました。碑は建立当時のものですが、雪の碑のみ、1808年(文化5年)に再建されたものだそうです。
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 この他に、山門正面にある朱塗りの仁王門=写真下は宝永年間(1704-11)の建築と伝えられています。なぜならば、表側に安置されている仁王像の胎内から宝永4年の銘札が発見されているからで、また、門柱上部等の木鼻(きばな)・蟇股(かえるまた)に見られる渦文の絵様の特徴が見られるからで、門も銘札とほぼ同じ時代のものと推定されているそうです。
 門の裏側には、4天王のうちの広目天と多聞天の像が安置されています。
 旧本堂など江戸時代の建物が戦災で失われた中、この仁王門は焼失を免れ、今にその姿をとどめています。
 境内には、鐘楼もあり、大晦日には、除夜の鐘を108つ、参拝者によって鳴らされます。

April 17, 2005

【やなかSNAP】我家我家市(フリーマーケット)-上野桜木で

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 17日-路地は365日の歩行者天国。そんな地域の魅力を生かした催しが17日、台東上野桜木郵便局横の路地、通称・我家我家路地(がやがやろじ)で行われました。フリーマーケット「我家我家市」です。子供服など衣類、雑貨、書籍、絵画、食器類などが出されたほか、ギター弾き語りのパフォーマンスも行われ、掘り出し物を探す親子連れの姿が見られました。地域コミュニティをより豊かにしたいと始まったこの我家我家市は、地域住民有志がボランティアで運営しているもので、年2回ほど行われています。「楽しくリサイクル、楽しくボランティアをしよう」とチャリティーコーナーが設けられ、寄付された物品を販売した収益は、育英会レインボーハウスに送金されるということです。前回は、新潟中越大震災義捐金として、54,515円を日本赤十字社新潟県支部に寄付されました。

April 16, 2005

【やなか界隈07】つつじ苑まだまだ-根津神社

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 16日-根津神社のつつじ苑、つつじは咲き始めといったところです=写真。今春、福岡県久留米市からクルメツツジの苗木各種200株が寄贈されたのだそうです。また、つつじ苑には、愛子さまの「お印」ゴヨウツツジなど珍しい種類も見られます。入苑する場合は、入苑料200円です。
 つつじまつりが5月5日まで行われているため、神社境内には露店や茶店も設営され、参拝客も多くなってきました。
 

April 15, 2005

【やなかの自然07】ウコンザクラ-谷中霊園

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 15日-谷中霊園の鬱金桜(ウコンザクラ)が開花しました=写真上。淡い黄緑色の八重の花弁です。別名・浅黄桜(アサギザクラ)とも呼ばれているそうです。開花時期がソメイヨシノよりも2週間ほど遅く、毎年4月半ばに開花しています。
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 説明板には「旧天王寺境内であった谷中霊園内には、江戸時代から浅黄桜が多く植えられていたらしく、二代目歌川広重が描いた『江戸名勝図会 天王寺』=写真下・説明板からの中で『谷中天王寺・・・中略・・・境内に桜木多し、なかんずく浅黄桜の名木あり』と評され、江戸庶民に愛されていました。浅黄桜は最近ではほとんど見かけられなくなりましたが、第9回谷中花のフェスティバルを機に、この鬱金桜を植樹したものです-平成9年5月」とあります。
 この鬱金桜は、谷中霊園さくら通り沿いに植樹されています。天王寺方面から上野桜木方面に進むと天王寺より右手にあります。

April 14, 2005

【やなか百景42】本行寺-サクラとヤマナシ

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 14日-枝垂れ桜が人目を惹いた本行寺でしたが、今も遅咲きの八重桜=写真左ヤマナシ=写真右が満開です。この本行寺の本堂はコンサートなどの会場としても使われ、文化の発信地となっています。4日は「第6回はなしの里語りの会」が催され、女性3人が話芸を披露しました。
 荒川区教育委員会の説明板によりますと、本行寺は、1526年(大永6年)、江戸城内平河口に建立され、江戸時代に神田・谷中を経て、1709年(宝永6年)に現在地に移転しました。景勝の地であったことから通称「月見寺」とも呼ばれていました。20世日桓(にちかん)上人(俳号・一瓢)は多くの俳人たちと交流があり、小林一茶はしばしばこの本行寺を訪れ、「青い田の 露をさかなや ひとり酒」などの句を詠んでいます。
 儒学者市河寛斎、書家米庵父子や、幕末・維新期に活躍した永井尚志(なおゆき)などの墓があります。
 戦国時代に太田道灌が斥候(せっこう)台を築いたと伝えられる道灌物見塚がありましたが、現在は1750年(寛延3年)に建てられた道灌丘碑のみが寺内に残っています。

【やなかの自然06】カントウタンポポ

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 14日-谷中霊園でカントウタンポポを見つけました。ほんの50メートル離れたところでは、セイヨウタンポポの植生でした。在来種のカントウタンポポと外来種のセイヨウタンポポの見分け方は、花をひっくり返して見るとわかるといわれています。近年雑種も見られるので、一概にはいえなくなっているようですが、一般には、黄色い花弁を包んでいる緑色の部分が2重になっていて、その外側の外総苞片(がいそうほうへん)が花弁にくっついているのがカントウタンポポ、反り返っているのがセイヨウタンポポと言われています。人間の手で自然が壊されたところに外来種が見られるそうで、在来種が確認できる谷中霊園は、都市部にあって貴重な自然環境といえます。

April 13, 2005

【やなか百景41】紅葉坂-谷中7丁目

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 12日-桜の花弁散るこの坂道は、日暮里駅南口を谷中側に出て、天王寺方面に向かう道です。さらに進むと、天王寺脇を通り、谷中霊園さくら通りに出て、上野桜木方面に抜けられます。紅葉坂は、別名「幸庵坂」ともいわれましたが、その名の由来は不詳ということです。江戸後期の国学者・山崎美成(よししげ)(1796-1856)は「金杉日記」に「天王寺うら幸庵坂下、又三しま社のほとり秋色尤もふかし、林間に酒を煖む」と記しています。幸庵坂の名は、江戸時代後期には、すでにあったことがわかります。
 また、紅葉坂というからには、この坂道周辺の紅葉が美しかったのでしょう。今は桜並木でにぎわい、紅葉の面影すらありませんが、坂道の名前から風光明媚といわれた日暮らしの里で紅葉狩りをする人々を想像することができます。

April 11, 2005

【やなか住ネコ10】谷中7丁目のシマネコ

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  11日ー谷中を歩くときは足下、左右をよく見てください。写真のように風景に溶け込んだネコがいます。御用達を持っている、いわゆる外ネコの場合は特に、置物や植栽に紛れて人間をやり過ごす場合があるようです。

April 10, 2005

【やなか百景40】日暮里駅開業100周年ー記念オレンジカード発売

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  10日ー1905年(明治38年)4月1日にスタートした日暮里駅が2005年4月1日で開業100周年を迎えました。この100周年を記念してJR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)は、開業100周年記念のオレンジカードを発売しています。販売価格は2000円。1000円分のカード2枚組で、B5版の黄色見開き4ページの冊子に収められています。 
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デザインは、日暮里駅西口駅舎風景の切り絵=写真下と谷中五重塔の切り絵=写真上。それぞれ祝日暮里駅開業百周年記念の文字が入っています。1000組限定発売で、JR日暮里のみどりの窓口で扱っているということです。
  JR東日本によりますと、日暮里駅の乗車人員は49位(2003年度)で、1日平均79,694人です。

夜桜客でにぎわうー谷中霊園

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9日ー桜並木が見頃を迎えた9日、夜桜の下で酒宴を楽しむ人々で谷中霊園はにぎわいました。

April 09, 2005

【やなか界隈06】文京つつじまつり始まるー8日から根津神社

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8日-文京つつじまつり=写真右が今日から始まりました。8日に行われた根津神社のつつじ苑の開苑式を皮切りに、5月5日まで、さまざまな行事が予定されています。まつりの主役、つつじ苑のつつじは、今のところ、つぼみも固く=写真左、開花は一株、二株といったところです。

■つつじまつり4月9日~21日までの行事(雨天中止) 
4月10日(日) ・神輿渡御-午後1時~(根津祭友会)
4月16日(土) ・なぎなた奉納稽古-午後1時~・舞殿前(文京区なぎなた連盟)
4月17日(日) ・野点-午前11時~・苑内(表千家佐藤宗節社中)、  ・民話語り-午前11時、午後1・2・3・4時・舞殿(NPOちんじゅの森)

April 08, 2005

桜並木ー御殿坂(日暮里駅北口)

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  8日ー谷中の桜並木、今が見頃です。御殿坂も満開です。この坂道は、台東区と荒川区の境界線にもなっています。また、東京都公文書館にある江戸朱引図によると、御殿坂上に黒引き線が引かれています。谷中側が町奉行の支配地、西日暮里側が代官支配地となっていました。つまり、このあたりは御府内の範囲である「朱引き線」内ではあるけれど、御殿坂を境に、荒川区西日暮里は、郊外とされていました。江戸時代に思いを馳せることができるのも、江戸時代の道筋が平成の今に残っているからこそといえます。
  余談ですが、「一枚看板」と名奉行と讃えられた遠山の金さんこと、遠山金四郎景元(1793-1855)が、北町奉行所の管轄内、谷中の治安を守っていた時期もあったことになります。

April 07, 2005

【やなか住ネコ09】店番ネコー文京区根津一丁目

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  7日ー根津神社の鳥居前の店先で、店番ネコを発見しました。カウンターに座り、道行く人をじっと見ておりました。

谷中霊園ー桜のトンネル出現

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  7日ー谷中霊園は満開の桜並木が、薄ピンク色の花によるアーチを連ねています。風の強い一日だったため、花びらが舞いました。気象庁発表の週間天気予報によりますと、この週末は8日、9日が晴れ時々くもり、10日がくもり時々晴れと花見日和。多くの人出でにぎわいそうです。

April 06, 2005

見頃ですー谷中霊園さくら通り

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 6日ー谷中霊園の桜並木は、暖かい陽気で一気に開花。5〜8分咲きとなり、見頃となりました。平日にもかかわらず、谷中霊園の桜の下では、近くの墓に手を合わせ、ビニールシートを広げたり、宴会芸を披露したりする姿など、花見の宴があちこちで見られました。谷中霊園は、コンロを使うことができるため、鍋と食材を用意して、調理しているそばで、アルコールを楽しむといった光景も見られます。
 ※「火気厳禁」の貼り紙を発見しました。取り消し線を入れました。谷中霊園でコンロは使えません。(2005.4.15)

April 05, 2005

谷中霊園-「寺町の風情と緑を生かし、歴史を育む空間に」と都公園審が中間まとめ発表。財源確保に墓所貸付再開も提案

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 「谷中霊園再生のあり方について-中間のまとめ」が3月28日、発表されました。東京都公園審議会(田邊昇学会長)によるもので、石原東京都知事の諮問を受けて検討されました。
 再生のテーマは「谷中霊園-寺町の風情と緑陰に包まれ、まちの歴史を育む空間-」です。
 谷中霊園は、江戸時代から人々に親しまれた場所で、明治維新によって生まれた霊園。歴史の証人として、昔と変わらない佇まいを残し、人々に親しまれてきた歴史と緑の中で、集い安らぎを得られる場所にするために、地域と一体となって再生していくと説明しています。
 再生方針は次の5つが挙げられています。
1.江戸以来の歴史や文化を伝える空間として再生
2.人々がつどい憩うことができる空間として再生
3.地域の貴重なオープンスペースとして再生
4.故人を偲ぶ静謐(せいひつ)な空間として再生
5.緑のネットワークの拠点として再生
 具体的な取り組みとしては、五重塔跡の広場などは谷中霊園を象徴する広場と位置づけ、また、著名人墓所や石碑などは保全、活用していく。散策ルートの設定や案内板など情報提供の推進。災害時の避難場所として園路沿いの空間を整備。霊園利用マナーの呼びかけや墓参者の利便向上(園路改修、ごみ捨てなど)。
 谷中霊園を東京の南北の緑の骨格軸の一部と位置づける。巨樹は保全。緑の保全計画の策定。崖線部の緑の保全と再生などを挙げています。
 そして、これらは、都民と使用者の理解と協力で実現するために、説明を十分に行い、意見聴取をすることが重要で、施設のデザインも地域に溶け込んだものとするなど、地域と連携して取り組むべきだと述べています。
 再生のために使う制度や手法は、霊園と公園との共存という将来像に反しない範囲で貸付けして財源を確保するとして、複数の種類の区画を用意するとともに、承継者がいない人向けの立体式墓地などの検討をするよう言及。まとまった用地を創出するために、無縁墳塚の整理と墓所を返還する人に現状回復義務の免除など特例を設けることを提案しています。
 都建設局公園緑地部計画課によりますと、都公園審議会は今後、中間のまとめに対する都民からの意見を受けたのち、最終報告書をまとめて、石原都知事に答申する予定だということです。
 ※写真は、中間のまとめから、図-霊園再生のための主な施設(イメージ)。五重塔跡地をシンボル広場とし、8ヵ所に広場、6ヵ所の明確な入り口、園路と骨格となる園路、保全する崖線部の緑の配置図となっています。

【やなかSNAP】「谷中霊園のあり方」を東京都が意見募集-メールやFAXで11日まで

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 東京都公園審議会は3月28日、「谷中霊園再生のあり方について」の中間まとめを発表し、4月11日まで都民からの意見を募集しています。
 これは、昨年12月に石原東京都知事の諮問を受けたことによるもので、23区内の都営霊園の再生のあり方検討は、青山霊園に続くものです。
 都公園審議会は、日本公園緑地協会の田邊昇学会長が審議会会長を務め、15人の委員と3人の専門員で構成。霊園専門部会(部会長・井手久登東京大学名誉教授)を設けて、谷中らしい再生のあり方を検討したとしています。
 中間のまとめは、ウェブで見ることができます。
 意見募集のお知らせと提出方法の案内、中間まとめの概要は、
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kouen/yanaka/index.html 中間のまとめA4サイズ用紙33ページのPDFファイルは、
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kouen/yanaka/images/yanaka.pdf なお、意見は、Eメール、ファクシミリ、郵送で受け付けています。
 意見のほかに、住所、氏名、年齢、性別、電話番号を記入してほしいということです(氏名・電話番号は、未記入も可)。
 送付先は、
①Eメール:S0000380@section.metro.tokyo.jp② 郵送:〒163-8001 新宿区西新宿2-8-1 東京都建設局公園緑地部計画課公園計画係
③ファックス番号:03-5388-1532
 お問合せ先は、東京都建設局公園緑地部計画課。電話03-5320-5371
※写真は、谷中霊園内のイチョウの大木(「谷中霊園再生のあり方について」中間のまとめから)

April 04, 2005

【やなか桜並木】4日-2分咲き

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 4日-谷中霊園の桜並木は、2分咲きです。つぼみは桜色に膨らみ、花曇の空に、枝は薄ピンク色に染まって見えます。4日は肌寒い一日でしたが、気象庁の天気予報では、明日は晴れ。最高気温は20度となるとのことで、一層の開花が期待できそうです。

【やなか界隈05】東京国立博物館お茶室で現代美術展

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 2日-東京国立博物館の円山応挙(1733~95)の画がある「応挙館」など5棟の茶室と園庭で、6人の現代美術作家が「Art in 茶室 Part2-和の空間に試みる現代美術」展を開催しました。
 作品を展示発表したのは、岩渕祐一さん、右近多恵子さん=写真左の作品、大熊肇さん、萩原宏典さん、三木祥子さん、渡辺敏子さん=写真右の作品の6人。
 江戸初期の文化人であり茶人としてしられる小堀遠州(1579~1647)が京都伏見の六地蔵に建てた数奇屋の一部の転合庵(てんごうあん)など、歴史的に貴重なお茶室で、6人の作家が見学者に、作品の意図やねらいを説明したり、見学者が作品から受けた印象など感想を述べたりと、作品を通して作家と見学者との交流が行われました。

April 03, 2005

桜が咲き始めました!-谷中霊園

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 2日-谷中霊園の桜並木。枝先から開花し始めました。まだ一分咲きにも満たないといったところですが、霊園には大きな特設ゴミ箱も設置され、すでに宴会でにぎわっています。写真は左から、東京国立博物館園庭(4月17日まで園庭が開放され、散策できます)、都立上野高校、谷中霊園さくら通りとその桜の枝、上野公園噴水広場です。

April 01, 2005

【やなか桜並木】桜並木、開花まで今一夜-谷中霊園

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 4月1日-谷中霊園の桜並木は、開花間近。谷中霊園は、天王寺から上野桜木方面に抜ける「さくら通り」があります。そのほか、JR日暮里駅北口、谷中方面に出たところに、崖を上る階段があります。その階段を上ったところに、桜並木があります=写真。こちらも、桜並木の必見スポットです。

【やなか桜並木】31日-つぼみ膨らむ

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yanaka0331_2 31日-谷中の桜開花情報。つぼみがピンク色に色づき、膨らんできました。本行寺のしだれ桜は3分咲き。谷中霊園の桜並木の開花は、もうまもなく。=写真

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