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March 01, 2005

【やなか百景24・春夏秋冬10】谷中七福神⑦弁才天

東叡山寛永寺弁天堂(台東区上野公園2-1)
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 1日-谷中七福神の弁才天は、上野不忍池の弁天堂に祀られています。
 この不忍池弁天堂は、琵琶湖竹生島弁才天に見立てて建てられたもので、これは徳川家の祈祷寺として建てられた東叡山寛永寺が、平安京御所の鬼門に建てられた延暦寺にならい、江戸城の鬼門に建てられたことによります。不忍池を琵琶湖に見立てて、常陸(現茨城県)下館城主の水谷(みずのや)勝隆が池に中島を築き、かつては竹生島のように、中島へは船でお参りをしたということです。寛文年間(1661-72)に石橋がかけられました。
 東叡山寛永寺が様々な点で別格なのは、寺領の広さもありますが、寺の名が東の比叡山ということで東叡山であり、延暦寺が延暦年間の創建で年号を取ったことから、寛永年間だから「寛永寺」としたことからも伺えます。
 また、住職にあたる門主(もんす)に皇族を迎えて、広く宗教界のトップに位置づけようと計画され、門主は将軍と同じ網代駕籠が使え、徳川御三家と同じ待遇を受けたということです。
 この弁天堂の本尊は、竹生島の宝厳寺の8本の腕をもつ八臂弁才天を招聘したもので、脇士の多聞天、大黒天ともども慈覚大師の作と伝わっているということです。
 弁天堂は、1945年(昭和20年)の空襲で焼失し、1958年(昭和33年)9月に再建されました。本堂天井に、児玉希望画伯の「金竜」の図、また、本堂前、手水鉢の天井には、1832年(天保3年)と銘のある画家・谷文晁(たにぶんちょう)の「水墨の竜」が描かれています。

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