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February 28, 2005

【やなかの自然04】興禅寺の梅-5分咲き

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 28日-谷中5-2にある興禅寺(臨済宗興聖寺派)の門の脇に白梅がほころび始めました。今、谷中を散策すると、あちらこちらの白梅、紅梅が目を楽しませてくれます。

February 27, 2005

【やなかSNAP】千駄木ふれあいの杜-区民らが清掃・修繕

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 27日-千駄木の森を考える会が、杜や周辺道路の清掃と案内板の修繕などを行いました。千駄木1-11にある「千駄木ふれあいの杜」は、武蔵野台地の東端にあたる本郷台地と根津の谷との斜面に残る崖線緑地で、太田道灌の子孫にあたる人の屋敷森だったところです。
 「今も残る貴重な自然を残したい」という所有者の思いと区民の願いを受け、その自然環境や自然の生態系保全を図るとともに、区民が自然と直接触れられるようにと、文京区が2001年10月、市民緑地として開設されたということです。山手線の内側では、ここが唯一の市民緑地となるのだそうです。
 この緑地には、生態系を保全するために、1.森の外部から生き物を持ち込まない・放さない。2.森の生き物を持ち出さない。 3.森の生き物がお互いに関わりあって生育するのにふさわしい環境を大切にする。という、ルールがあります。
 また、地元住民などで構成する「千駄木の森を考える会」が文京区と協定を結び、清掃など自主管理や自然観察会の企画・運営を行っています。27日は、その活動の一環で、会員たち5人が、杜や周辺道路を清掃、案内板を修繕しました。

February 26, 2005

【やなか百景23】芸大卒展-26日まで開催

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 26日-東京藝術大学美術学部と大学院美術研究科が22日から26日まで、東京都美術館と東京藝術大学大学美術館などを会場に、卒業・修了作品展を開きました。絵画科、彫刻科、工芸科、建築科、デザイン科、藝術学科の学生470人が学生生活の集大成を発表。会場には、発表者の両親や友人、他大学を含む芸術関連学部の学生や高校生などの姿が見られました。
 漆芸で「向かい合う時間」というテーマで、直径85センチの漆黒の円型作品を三点=写真中央奥作った平野晴子さんは、「黒の中でも、漆の黒が一番深みがあり、映りこむ色によって表情を変えると思うので、それを味わってもらおうと思いつくりました」と、会場に訪れた見学者に説明をしました。

February 24, 2005

【やなか百景22・春夏秋冬09】谷中七福神⑥大黒天

護国院(台東区上野公園10-18)
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 谷中七福神のひとり、大黒天が祀られているのは、上野・東叡山護国院です。東叡山でわかるとおり、かつては寛永寺36坊の一つで、今もなお東叡山釈迦堂ともいわれています。
 寛永寺は、徳川家康が江戸幕府を開いたときに、天海大僧正(慈眼大師)と相談して、江戸城の護り寺・鬼門除けとして創建されたといわれています。これは、京都御所の鬼門除けとして建てられた比叡山延暦寺に倣ったもので、不忍池を琵琶湖に見たて、竹生島弁才天の代わりに、不忍池にも中島を築き、弁才天を祀っています。
 台東区史によりますと、寛永寺の建築は、三代将軍家光時代に始まり、主要な建物がそろったのは五代将軍綱吉の時代で、その間およそ70年を費やしています。この江戸最大の寺院は、寺領約1万2000石。浅草寺、増上寺が500石からみて別格でした。
 さて、護国院はというと、上野の山が開かれて最初に建てられたお堂で、1630年(寛永7年)に落成しました。1717年(後享保2年)に焼失し、1723年(後享保7年)に再建されて現在に至っています。
 縁起によりますと、1638年(寛永16年)・大阪落城25年、豊臣・徳川両軍の戦死者の霊を弔うために法要が行われた際、三代将軍家光は、国の護り、人々の福運を長く祈ってほしいと願い、大切に秘蔵していた藤原信実郷がかいた大黒天画像を、護国院の開祖・生順大僧正に贈ったことから、それ以来、護国院大黒天として信仰されてきたということです。。

February 23, 2005

【やなか百景21・春夏秋冬08】谷中七福神⑤福禄寿

東覚寺(とうがくじ)(北区田端2-7-3)
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 23日-谷中七福神の福禄寿は、JR田端駅から徒歩5分の東覚寺に祀られています。
 東覚寺は、室町時代の1491年に現在の千代田区万世橋付近に開創されたお寺で、1600年頃に田端に移ったということです。田端八幡宮の隣にあるお寺(別当寺)です。
 福禄寿は元旦から15日まで御開帳されます。
 平素は、門の前にある2体の金剛力士像が人目を引きます。これは赤紙仁王像で、自分が病を患っている部分と同じところに赤紙を貼ると治るという言い伝えがあり、治ったときは草鞋を奉納するのが習わしになっています。

February 22, 2005

【やなか住ネコ05】上野桜木の白ネコ

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 22日-2月22日「ニャン・ニャン・ニャン」とネコの日特別企画!?です。昨年10月10日、上野桜木の公園で撮影しました。2つ並んだベンチの一つに、白ネコがオスマシ。もう一方には、女性2人と男性1人のグループがやや窮屈そうに座ってお菓子をほおばりながら、仲良くおしゃべりしています。初めはこのグループに背を向けて座っていた白ネコ。聞き耳を立てているのか、体の向きが序々にグループの方へ・・・。話の輪に加わりたかったのでしょうか。

February 21, 2005

【やなか百景20】唐招提寺展-東京国立博物館で3月6日まで

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 21日-「唐招提寺展-国宝鑑真和上像と盧舎那仏」が3月6日まで、東京国立博物館・平成館で開かれています。金堂の大修理を機に行われているもので、金堂の空間が再現され、唐招提寺本尊で、寺外初公開の国宝・盧舎那仏坐像をはじめ、梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃくてん)像と四天王像といういずれも国宝を間近で鑑賞できるほか、鑑真和上の坐像と東山魁夷による障壁画も全点、展示されています。
 また、唐招提寺は1998年に世界文化遺産として登録されたところで、平成の大改修プロジェクトの経過などが模型や写真で展示されています。
 均整のとれた美・盧舎那仏や強固な意志を秘めた和やかなお姿の鑑真和上、東山魁夷の壮大なスケールを凝縮させたような襖絵などのほか、天平の甍を支えた柱の一部で、魔よけの意味を込めて四隅に配された木彫「隅鬼」は、奈良時代の8世紀から時を得て、目鼻の区別がつかなくなって尚、威風を感じさせるものがあり、印象に残りました。
 会期は3月6日まで。28日(月)は本来休館日のところ、好評につき、開館されるそうです。

メモ:
  金堂平成大修理記念「唐招提寺展 国宝 鑑真和上像と盧舎那仏」記念講演会
  第3回 金堂解体修理の現状

 日時: 3月6日(日) 午後1時 30分~2時30分
 会場:東京国立博物館 平成館大講堂
 講師:田中 泉さん(奈良県文化財保存事務所主査) 
 定員:380人名(事前申込制)
 聴講料:無料(ただし特別展観覧券が必要)
申込方法:
官製往復はがきの「往信用裏面」に郵便番号・住所・氏名(ふりがな)・電話番号・年齢・聴講希望日、「返信用表面」に郵便番号・住所・氏名をご記入の上、下記までお申し込みください。
 *応募多数の場合は、抽選となります。
 申込締切 2005年2月22日(火)
申込先:〒107-0062 東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル11階 「唐招提寺展」講演会係
お問い合せ:0570-060-060 (唐招提寺ダイヤル)

そのほか、交通案内などは、国立東京博物館HPでご覧ください。

February 20, 2005

【やなかSNAP】練習の成果発表で賑わう-第5回ふれあい館まつり

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 20日-第5回ふれあい館まつりが19日、20日の2日間、文京区立不忍通りふれあい館で催されました。生花や陶芸、手芸、ひな人形などの作品展示やけんだまや独楽など昔遊びを体験するコーナー、本郷消防団による救急法の講習などが行われました。
 さらに、地下のホールでは、「ふれあいオンステージ」と題して、和太鼓や民謡、舞踊、コーラスなどのサークルが発表を行い、20日午後4時45分から、日ごろは琵琶、三味線、フルート、邦楽、ピアノ、合唱、舞踊の分野で活動している人たちが一緒に、四季の歌をテーマに、創作作品を発表しました=写真
 このまつりは、ふれあい館で活動する33団体が合同で発表を行うもので、年に一度行われています。
 また、「根津・弥生・千駄木~昔なつかしの写真展」も同時に行われました。これは、ふれあい館まつり企画部による催しで、お宝として保存されていた写真を提供してもらい、そのコピーも含め、これまでに300枚以上集まったということです。今回はその一部が展示されました。企画部では、今後も地域の昔の写真提供の協力を呼びかけるとともに、毎年写真展を行う予定だということです。

February 19, 2005

【やなかSNAP】「木の家と町への住まい方」見学・勉強会

NPOたいとう歴史都市研究会が開催
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 19日ーNPOたいとう歴史都市研究会が、明治から昭和に建てられた木の家をテーマに、賃貸者、活用者の家を見学して、木の家と町の住まい方、楽しみ方を学ぼうという勉強会を開き、約15人が参加しました。
 4軒は家の中まで見学し、外観のみも含めると10カ所ほどを回りました。木の家といっても、かつてアトリエだったところを外観を保全して、内装をほぼ全面的に改築したところ=写真から、補修や修繕程度として、住んでいる今も窓が開かない、床が傾斜しているなど、住まい方も様々でしたが、どこも居住者自らが、それぞれの思いで、住まいの改修や維持に手を入れている様子が聞かれました。また、居住者からは、「路地は静か」、「近所の目があり安心できる」など、谷中で長屋に住むことのよさが聞かれました。
 NPOたいとう歴史都市研究会の活動の一つは、手入れをすればまだまだ維持できる木造の家屋に住みたい人、もしくは、修繕したい人に、ノウハウを提供することで、月に一度のペースで交流会および見学会を開いているそうです。
 活動拠点となっている上野桜木にある市田邸は、明治40年建築のお屋敷で、大正初期に2階を増築し、戦後は東京藝術大学声楽科の学生約30人を下宿させていたところです。平成初めから10年ほど空き家だったところを、芸大の有志がたいとう歴史都市研究会を立ち上げ、定期借家契約をして修繕し、現在は、会のメンバー4人が共同で借家し、一階の座敷はお茶教室や文化活動の会場として貸し出されているということです。

 
 

【やなかSNAP】谷中学校がプチ講演会

「谷中は違いを受け入れるまち」-外国人からみた谷中をテーマに

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18日-谷中に住むアメリカ人屏風絵師アラン・ウェストさん=写真右と、外国人宿泊客が多い谷中の家族旅館「澤の屋旅館」館主の澤功(さわ・いさお)さん=写真左が「外国人からみた谷中」をテーマに、谷中の魅力を語る催しが18日、上野桜木の明治後期の住居・市田邸で行われました。
 これは、谷中の文化を大切に、育てて未来に受け継ごうと活動するまちづくりグループ・谷中学校が主催したプチ講演会で、昨年から年に数回のペースで開かれています。
 外国人客を受け入れるようになって24年という澤の屋旅館の館主・澤功さんは、「これまでに80カ国・延べ11万人の人を受け入れました。お礼の手紙は、サービスへの感謝よりも、日本を好きになる手助けをしてくれたことへの感謝が多いんです。それは、まちと一緒に受け入れているからだと思います。部屋には風呂やトイレもなく、料理を出さない、サービスをしない家族旅館ですが、宿泊客がまちになじんでいるのを見ていると、まち全体で大きなホテルと見立てることができると感じています」など、外国からの宿泊客を受け入れるようになったきっかけやおもてなしの成功談や失敗談、文化の違いを知り、それを受け入れることの大切さなどを話しました。
 また、アラン・ウェストさんは、「外国人を特別扱いしないまち」と谷中を評し、「谷中は暖簾をくぐらなくても見えてしまうところがほとんど。私のガラス張りのアトリエも9メートルの玄関だと思っています。日本画を多くの人に見てもらいたいのと、見られても辛くないことに気づいたことからです。一見、開かれていますが、入り口、絨毯、一段上がる床、衝立、衝立の後ろの畳へと、幾重にも結界を作っているんです。しかし、夏場は開け放して仕事をしていますので、夜中に酔った人が訪れて、話が盛り上がり、気がつけば明け方なんてこともあります」と、まちの人たちとのエピソードなどを披露しました。
 ご近所つきあいに話が広がり、澤さんが「以前、長屋では、お国、歳、家族構成を聞く人は住めないという話を聞いたことがあります。私は谷中に住んで43年ですが、よそ者の私が町会長をやっている。年齢、出自はわからないけど構成できるまち」と話すと、アランさんも「そういえば、まちの人は、何気なくアトリエに上がってきて、話はするんですが、立ち入った話はしないですね」と、うなづく場面もありました。
 澤さんは、「宿泊客をお寺に案内したら、誤って鐘を突いちゃったんです。そうしたら、その外国人を近所の人が呼び止めて、朝晩を告げる鐘だから突いちゃだめだと叱るんです。こういう人がいる、まだ住めるまちだと思いますね」と
話しました。
 さらに「最後に」と、澤さんが日本人とイラン人との文化の違いを具体的に紹介しましたが、講演で必ず紹介するそうですので、直接お聞きいただきたいと思います。

※写真背景の掛け軸はアラン・ウェストさんの作品


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澤 功(さわ・いさお)さん=谷中の家族旅館「澤の屋旅館」館主。これまでに80カ国から延べ11万人を迎えた。現在、外国からの宿泊客は8割。外国人から紹介されて宿泊する日本人客が増えているという。澤の屋旅館は、東京都の観光案内窓口にも指定されています。

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アラン・ウェストさん=谷中に住むアメリカ人屏風絵師。アメリカ・ワシントンDC出身。カーネギーメロン大学芸術学部絵画科卒業。東京芸術大学大学院修士課程日本画科、加山又造研究室修了。スミソニアン、醍醐寺をはじめ国内外で個展を開く。公共施設の壁画、ホテルやコンサートホールのロビーなどのパブリックアートも手がける。
 アラン・ウェスト絵画展を開催
 日時:3月3日(木)~9日(水)午前10時~午後8時(※最終日は午後4時30分まで)
 会場:池袋 東武 本館6F 1番地・美術画廊
 ※3月5日(土)・6日(日)午後4時~6時、アラン・ウェストさんによる金銀箔の実演


February 17, 2005

【やなか住ネコ04】日暮里北口近く-谷中7丁目

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 17日-日暮里駅北口近くにある「日本料理・谷中たんぴょう亭」斜め前の駐車場に止まっていた車の上で、日光浴をしていた茶トラ=15日撮影。カメラを向けると、興味を示し、首を持ち上げたものの、目はショボショボ。くつろぎタイムを邪魔されて迷惑そう。

February 16, 2005

【やなか住ネコ03】谷中霊園

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 谷中は、よくよく見ると街角、墓石の上、車の下などから、ネコがじっとこちらを伺っている姿に出会います。今回は、行列のできるフランス菓子店「パティシエ イナムラショウゾウ」(台東区上野桜木2-19-8)方面から墓地に向かうと、墓石の上で、いつでも逃げられる態勢ながらも、カメラ目線でパチリ=13日撮影
 谷中霊園は、面積約10ヘクタール。主に天王寺の敷地を東京府が引き継ぎ、1874年(明治7年)9月1日に谷中墓地として開設されています。その後、1890年(明治22年)に東京市に移管され、1935年(昭和10年)に、谷中霊園となっています。
 

February 15, 2005

【やなか百景19】下御隠殿橋-JR4線並走を一望

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 15日-日暮里駅は橋上駅です。北口を出ると、そこは下御隠殿橋(しもごいんでんばし)という橋の上となります。そこは、日暮らしの里の高台を遠目に、その崖下に走る線路は、JRでは高崎線・宇都宮線、東北・上越新幹線、山手・京浜東北線、常磐線と、京成線の走行姿を見ることができます。
 このビュー・スポットには、時計とその下に「主な特急列車の見える時刻(上り)、平成7年4月時点」として、やまびこ(つばさ)・北斗星・スーパーひたち・スカイライナーの時刻案内板があります。
 ちなみに、JR東日本によると、「スーパーひたちは、常磐線の看板特急。JR東日本が開発した初の特急形電車で、それまでの国鉄車両にはない新鮮なデザインが話題となった。室内は落ち着きのある雰囲気で、乗り心地もよくゆっくりできる。最高時速130キロ運転はテビュー当時の在来線としては初めてのことだった」ということだ。
 また、 北斗星については、「“ブルートレイン”として親しまれている寝台特急を代表する客車。1988年3月、青函トンネルの開通により、本州と北海道を結ぶ寝台特急・北斗星が誕生。この列車は、単なる移動手段ではなく、動くホテルのようなサービスをめざした。そのため、シャワーを備えたA寝台1人用個室・ロイヤル、A寝台2人用個室・ツインデラックス、B寝台1人用個室・ソロ、B寝台2人用個室・デュエット・などを開発、編成に加えている。また、食堂車ではフルコースのフランス料理のディナーも楽しめ、人気を集めている」と紹介している。
 さらに、新幹線やまびこ(つばさ)の車両案内は、こちら
 

February 14, 2005

【やなかの自然03】シラカバ-谷中墓地

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 14日-谷中霊園を歩くと、落葉樹の葉が落ちて、視界が開けた中、ひときわ目を引く白い幹。シラカバがあります=写真(2月13日撮影)。幹に近づくと、墓石の右脇に育っていました。その墓石には、シラカバのレリーフ。幼くして旅立った我が子を偲び植えられたようです。墓地に咲く花や育った樹木を見ると、亡き人への思慕や先祖への敬いの気持ちに接することができ、生の尊さに思いが至ります。

February 12, 2005

【やなかSNAP】オシドリ発見!

yanaka0211須藤公園(文京区千駄木3-4)
 須藤公園で、都内では非常に見ることが少なくなってしまったオシドリのつがいに出会いました。オシドリのほかに、カルガモも2羽泳いでいました。
 この須藤公園は、江戸時代は加賀藩の支藩・大聖寺藩(十万石)の屋敷跡だそうです。その後、長州出身の政治家・品川弥二郎の邸宅となり、1889年(明治22年)に実業家・須藤吉佐衛門が買い取りました。1933年(昭和8年)に須藤家が公園用地として東京市に寄付し、1950年(昭和25年)に文京区に移管されています。
 公園には、わき水を利用した滝があったのですが、ここ数年、水が枯れた状態が続いたことから、2003年(平成15年)4月に文京区は循環ポンプを設置し、午前10時から午後4時まで、園内にある池の水をくみ上げて滝から流すように整備されました。高さ約10メートルの滝で、滝は公募により「須藤の滝」と命名されています。
 また、池の周囲には藤の木があり、毎年4月末から5月上旬にかけて、紫の花と芳香が人々の目と鼻を楽しませます。

【やなかSNAP】「まちのツボを探そう」と緑の勉強会

坪庭開拓団(谷中学校)が開催
yanaka0211_2 11日-「谷中で緑とまちの関わりを学ぼう」と、勉強会が開かれ、約15人が参加しました。
 緑の勉強会は、坪庭開拓団が主催したもので、今回で3回目となります。
 坪庭開拓団は、「谷中界隈の生活文化を大切にして、まちの魅力を育て、未来に受け継ぐ」ことを目的として活動している谷中学校のプロジェクトの一つで、自分たちの足下の自然を理解して育てようと、自然の大切さをわかりやすく伝え、一緒に学ぼうと開いているということです。
 講師は、ランドスケープアーキテクト・アトリエ風の河合嗣生さん。
 河合さんは、「谷中の緑を人間に例えると、霊園は生き物が住む心臓、路地は霊園と斜面林をつなぐ血管といえます。狭くても緑が連続した環境ならば、多くの生きものが移動できます。また、人間の足にツボがあるように、まちにもツボがあり、そのツボに緑を据えることで、まちが健全になり、魅力が増すと考えます。今日は、まちのツボがどこかを考えながら歩いてください」と説明しました。
 その後、谷中霊園を起点に、路地を通り、屋敷森まで、緑や鳥、虫の生態などを観察しました。
 谷中霊園では、花の季節にはオレンジ色のじゅうたんができるほど巨木となったキンモクセイが、周辺墓所の所有者の苦情によって伐採された跡を見て、緑環境が不安定であることを実感したり、須藤公園(文京区千駄木3-4)では、都内では見られなくなったオシドリのつがいに出会ったりしました。

 坪庭開拓団が自然の不思議・驚き・笑いをアートにしようと展示会開く 
 3月14日(火)~20日(日) 

 坪庭開拓団が、3月14日から20日まで、ギャラリーJ2(台東区上野桜木1-7-5)で、「MACHINO KODAMA PROJECT 2005」を開きます。昨年に続く第2弾で、まちで見かけた自然の不思議な光景や驚きなどを、思い思いの形で表現しようという企画。現在、参加者も募集しているそうです。
 より詳しい情報をご希望の方は、メールでお尋ねください。

February 10, 2005

【やなか百景18・春夏秋冬07】谷中七福神④布袋尊

修性院(荒川区西日暮里3-7-12)
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 このユニークな表情の布袋尊は、木彫で、江戸時代中期に作られたそうです。
 運啓山修性院の案内書きによりますと、修性院は、1575年(天正3年)、当時は感応寺だった現在の天王寺・第6世修性院日運上人によって開創され、元禄年間(1688-1704)に、今の地に移転しました。
 江戸時代後期からは「花見寺」と称され、江戸庭園名所でした。これは、1756年(宝暦6年)、庭造りの名人・岡扇計によって、庭に山を造ったり、花木を植えたりと遊覧の地とされたもので、また、茶屋もできて、桜の咲く頃など、朝から夕刻まで、多くの人出でにぎわい、寛政期(1789-1800)には花見の時に、長唄や浄瑠璃、歌や俳諧の会なども催されたということです。
 また、正岡子規(俳人、歌人・1867-1902)も修性院を次のように詠んでいるそうです。
 踊るかな 春の夕日の 影法師
  踊れ踊れ 花のちるまで 暮るるまで

February 09, 2005

【やなか百景17・春夏秋冬06】谷中七福神③毘沙門天

天王寺(台東区谷中7-14-8)yanaka0209
 9日-「威光」のご利益がある谷中七福神のひとり・毘沙門天は、天王寺に奉られています=写真(1月9日天王寺客殿内掲示写真)
 この毘沙門天は、この寺院が幕府の命により日蓮宗から天台宗の寺院として改宗した時に、奉安された新本尊だということです。これは、幕府の祈祷寺・東叡山寛永寺が、江戸の鬼門に置かれ、また、京都の比叡山延暦寺になぞらえて上野の地に建立されたことと同様、延暦寺の北方にある鞍馬寺が毘沙門天を奉っていることにならい、天王寺が寛永寺の北方にあることから、比叡山飯室谷円乗院から伝教大師の手によるとされる毘沙門天を本尊として、国家安穏・仏法護持を祈願したということです。
 本尊は、明治になってから、阿弥陀如来坐像に変わっています。
 この天王寺は、鎌倉時代後期に土豪・関長輝(せき・ながてる)が、この地に立ち寄った日蓮聖人に帰依して草庵を造り、弟子の日源が聖人の手による像を祀って、長輝山感応寺と称したのが始まりと言わる谷中でもっとも古い寺です。
 この寺は、1700年(元禄13年)には、幕府から富くじの興行を許され、目黒不動・湯島天神とともに「江戸の三富」に数えられてにぎわったことでも知られています。
 また、この天王寺の五重塔は、文豪・幸田露伴が小説「五重塔」を書いて有名になり、「谷中の五重塔」として親しまれましたが、残念ながら、昭和32年に放火によって焼失しています。

February 08, 2005

【やなか百景16・春夏秋冬05】谷中七福神②恵比寿

yanaka0208青雲寺(荒川区西日暮里3-6-4)
 谷中七福神のひとり、恵比寿は、日暮里の青雲寺に祀られています。寺によりますと、この恵比寿神は、昭和40年に復興開眼されたそうです。
 この青雲寺は、臨済宗浄居山青雲寺といい、京都花園妙心寺派の禅寺で、下総佐倉の堀田家代々の祈願寺だったということです。
 この青雲寺のあるあたりは、江戸時代の宝暦年間(1751-64)には、観音堂、弁天本社、金毘羅、富士浅間宮、大黒の秋葉社、布袋堂、護国稲荷、恵比寿堂、日暮宮など、諸祠堂が境内にあり、大庭園が切り開かれて、妙隆寺(現在は移転)、修性寺とともに、江戸時代の町民の憩いの場、文人墨客が訪れる遊覧の場であり、上野、日暮里、王子の桜の名所として、「花見寺」として親しまれ、にぎわったということです。
 しかし、1808年(文化4年)に焼失し、文政(1818-29)の頃には廃園となったとしています。
 その後、青雲寺は、明治に杯って再興されたものの、第2次大戦の大空襲で再び焼失。現在の重層造りの本堂は、昭和35年に10世義貞和尚の代に再建されました。
 境内には、昔、この辺りが、豊島川に続いた入り江で、遠くから船の目標になっていたという松の石碑「道灌船繋松の碑」が残されています。この松は枯れて今はありません。

 そのほか、南総里見八犬伝などの著者・滝沢馬琴にちなんだ碑がみられます。
1798年(寛政10年)に建立された硯の形をした滝沢馬琴の硯塚。そして、「春の雪 跡や煙の麦畑」と書かれた1810年(文化7年)建立の筆塚。また、享和年間(1801-03)の狂歌師・安井甘露庵を祀る馬琴筆の安井金毘羅宮、金毘羅権化鎮座碑および歌碑「雲と雪と五分五分に見る山桜 もう一寸も目をはなされじ」があります。

February 06, 2005

【やなか番外編】森鴎外・夏目漱石の住宅-明治村(愛知県犬山市)

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 6日-千駄木にあった森鴎外と夏目漱石が時を隔てて住んだ住宅が、愛知県犬山市にある博物館明治村に移築されています=写真
 東京都文京区駒込千駄木町にあったこの住宅に、森鴎外が明治23年から2年間住み、「文づかひ」などの小説を書き、明治36年から2年間、夏目漱石が住み、「わが輩は猫である」を書いて、この家の様子を文中で描写しているということです。
 この家は、玄関隣に張り出した書斎があり、次の間、座敷、寝室と続き、庭に面して縁側が伸びています。玄関を挟んで書斎の反対側は、台所と風呂場が並び、台所から住宅中央部に中廊下が伸びる。中廊下の脇に女中部屋、中廊下の先は、茶の間、そして子供部屋と続く。女中部屋と茶の間に面しても外廊下がある。この平行に設けられた3本の廊下のうちの中廊下ですが、明治村の解説板によりますと、「住宅の近代化への先駆けとみることができる」ということです。
 
  建てられたのは、1887年(明治20年)。当初は、医学博士・中村襄吉の新居として作られたということです。建築面積は、39.2坪。斉藤文根さんによって寄贈され、1963年(昭和38年)に解体され、翌1964年(昭和39年)に明治村に移築されています。

 漱石の小説にちなみ、書斎の陽だまりには、座布団の上で日光浴をする猫の彫刻が置かれていました。

メモ:
博物館 明治村
愛知県犬山市内山1番地
TEL:0568-67-0314/FAX:0568-67-0358
開村時間:9時30分~16時(11月~2月)・9時30分~17時(3月~10月)
入村料金:個人
大人・大学生=1600円、シルバー(65歳以上)=1200円、高校生=1000円、中・小学生=600円
団体(20人以上)割引あり

February 05, 2005

【やなか百景15・春夏秋冬04】谷中七福神①寿老人

長安寺(谷中5-2-22)yanaka0205
 5日-谷中七福神めぐりの一カ所、寿老人が奉られているのが長安寺です。元旦から1月15日までご開帳されます。この寿老人にまつわるいわれがあります。旅をしていた老人が、この地にとどまって、長安軒と名づけたお堂を建てた。徳川家康が納めた寿老人を安置していたところ、老山和尚が日暮れに通りかかり、長安軒に一夜の宿を求めた。その夜、老翁が、和尚にいうには、「立派な人にお堂を譲りたいと思っていたところ、今夜あなたが泊まった。お堂をお守りしてもらいたい、寿老人の福をよく人々に祈願するよう、教え諭してほしい。この里は将来、七福神を祀る地となるであろう」と語った。そのとき、枕元で鐘の音が響き、びっくりして和尚が頭をあげてみれば、夢でのできごとだったものの、老翁は見当たらず、やむを得ず和尚は長安軒にとどまることになったということです。
 この長安寺は、老山和尚が1669年(寛文9年)に開創し、八代翆巌和尚が、現在のお堂を再建して、今日に至るということです。臨済宗妙心派。本尊は、千手観音菩薩。西国33番札所のうちの22番惣持寺の写し。

 メモ:
 寿老人は、中国の道士で、白ひげを蓄え、鹿を従えている老人で、福禄寿と並んで長寿の福を授ける南極星の化身と伝えられています。長安寺の寿老人は、等身大の寄木彫刻で、左脇に鹿を従えた坐像=写真(1月9日撮影)。
 いわれの中で、老翁は、老山和尚に、「寿老人は福徳自在の神。いのち長くして諸願を果す福、父母に孝行の福、子なき人には子孫繁栄の福、病人には諸病平癒の福、戦火もなく財禄増進の福、農家には五穀豊穣の福、商人には商売繁昌の福を授け与える神である」と伝えたということです。

【やなか百景14】善光寺坂

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 4日-谷中の台地から文京区根津には坂を下ることになります。その根津へ坂道の一つが、この善光寺坂=写真(1月30日撮影)です。「たいとう名所図会・史跡説明板ガイドブック」(台東区教育委員会発行)によりますと、この善光寺坂は、信濃坂ともいい、坂の上の北側にあった善光寺にちなんだということです。善光寺は1601年(慶長6年)に信濃善光寺の宿院として建立され門前町もできたのですが、1703年(元禄16年)の大火に類焼した後、青山(港区青山3丁目)に移転しました。ただ、善光寺門前町という名称のみ、明治5年まで、坂の南側にあったそうです。
 この善光寺坂は、1772年(明和9年)刊行の「再校江戸砂子(さいこうえどすなご)」に出てくるほか、1826年(文政9年)の「御府内備考」では、幅2間(約3.6メートル)、長さ16間(約29メートル)、高さ1丈5尺(高低差約4.5メートル)ほどとあるということです。
 今よりも、坂の部分は急勾配で短かったのでしょうか?

February 03, 2005

【やなか百景13】サンシャイン60の遠景

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 3日-谷中をガイドブックを片手に散策していると、「どこいくの?」と声をかけられることがある。ちょっとした下町ブーム、散策ブームで、週末ともなると、谷中を観光に訪れる人も目に付く。「生活の場」だからと、不快に思う人もいる一方、気軽に声をかけてくれる人もいる。そんな親切な即席案内人が「いいもの見せたげる」と、教えてくれた風景。路地は突き止まり。遠方に見えるのが、池袋のサンシャイン60のビル。谷中の台地部分の路地から、遠方の高層ビルが見える都心でも珍しいところ。

February 02, 2005

【やなか界隈02】国立科学博物館

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 2日-上野公園にある国立科学博物館。本館=写真・1月25日撮影は現在、改築のため閉鎖されています。というのも、昨年11月2日、「新館」がグランドオープンしました。そのオープンを記念して13日まで、特別展「翡翠(ひすい)展-東洋の至宝」が催されています。
 この特別展では、翡翠の原石から類似石、北京・故宮博物院所蔵の清の時代の杯「乾隆款龍紋翠杯盤」や飛鳥寺に納められた勾玉、全国宝石学協会によるラベンダー色の翡翠の置物など、約400点が展示されています。
 説明書きによりますと、世界で初めて聖なる石として翡翠を珍重したのは、縄文時代の日本で、新潟県の糸魚川地域の翡翠が採取されていたということです。墓から、人骨の胸のあたりから翡翠の勾玉が発掘された写真なども展示されていました。
 さらに、グランドオープンした新館は、「地球生命史と人類-自然との共存をめざして」をテーマに、地球の生命の進化と人類の知恵の歴史を展示しているということです。地下3階から地上3階と屋上まで、テーマに沿って見て、体験して、考える機会を提供しています。
 各フロアに、「ディスカバリーポケット」というスペースがあり、土・日・祝日は、研究者が、展示や研究内容などを、直接、来館者に説明してくれたり、ガイドツアーが1日3回(午前10時30分~、午後1時~、午後2時~、日のみ午後1時30分~・新館案内所前集合)催されるなど、気づき、対話による学習ができるということです。

メモ:国立科学博物館
開館時間:午前9時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
普通入館料:一般・大学生=420円/小・中・高校生=70円
団体入館料:一般・大学生=210円/小・中・高校生=40円(団体は20人以上)
夜間天体観望入館料:一般・大学生=210円/小・中・高校生=無料
※常設展は、小・中・高校生は毎週土日無料
※特別展・特別企画展は別料金
※65歳以上の人、障害のある人および付き添いの人は常設展無料
休館日:毎週月曜日(日・月が祝日の場合は火曜日)
年末年始
問合せ先:TEL03-3822-0111(月~金)、03-3822-0114(土日祝)

交通の案内
JR「上野駅」公園口から徒歩5分
東京メトロ銀座線・日比谷線「上野駅」から徒歩10分
京成電鉄「上野駅」から徒歩10分
※駐車場なし

特別展「翡翠展-東洋の至宝」2月13日まで
主催:国立科学博物館、毎日新聞社。
入館料:一般・大学生=1300円/小・中・高校生=600円
団体入館料:一般・大学生=1000円/小・中・高校生=350円(20人以上)
※前売りは当日料金の各200円引き。

研究者によるディスカバリートーク【2月の予定】
5日(土)・鳥の多様性/講師・西海功さん(動物研究部)=1階、3階の鳥の展示を解説(実施フロア=1階)
5日(土)・生物の大量絶滅/講師・谷村好洋さん(地学研究部)=過去6年間の間に5回あった生物大量絶滅事件を解説(実施フロア=地下2階)
6日(日)・シルクロードの植物/講師・近田文弘さん(植物研究部)=展示模型とカラースライドを使って、シルクロードの植物について解説(実施フロア=1階)
6日(日)・江戸時代の時刻制度/講師・佐々木勝浩さん(理工学研究部)=江戸時代の時刻制度-不定時法-を、事例を示しながら説明(実施フロア=2階)
開催時間:午前の部11時~12時・午後の部2時~3時
定員:各回15人(先着順)
受付:開催時間の15分前から書く集合場所で受付。
集合:各フロアのディスカバリーポケット
注意:予定している内容は、変更となる場合があります。
お問い合わせ:国立科学博物館学習推進部学習企画課TEL03-814-9874,9875

【やなかの自然02】アロエの花-谷中7丁目路地

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2月1日-谷中の路地では、軒先の樹木や草花が通る人の目を楽しませています。谷中7丁目の路地、飲み物の自動販売機の脇で、アロエの花が咲いていました。

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